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2005/12/12
日中関係の再構築がアジア・世界を発展させる
民主党代表 前原 誠司

はじめに

 民主党代表の前原誠司です。今日は中国の若い皆さんと率直に意見交換できる場を持てたことを大変うれしく思っています。特に、外交学院という場所でお話できることは二重の意味で光栄です。一つは、外交官の卵である皆さんとお会いできたこと、そしてもう一つは、尊敬する呉建民先生が院長を務めていらっしゃる場所であることです。呉建民先生とは今年五月に訪中した際にもお会いしましたが、その見識の高さや四月のデモの際に日中関係を大局から見てご尽力されたことなどに深い感銘を受けました。
 私は今、43歳ですが、二十数年前には京都大学で皆さんと同じ大学生でした。その時に専攻していたのは国際政治学で、卒論は中国の現代化について書きましたが、中国の政治、特に1949年10月1日の建国以降の政策変化について大変興味を持ちました。大学卒業後、松下電器の創業者である松下幸之助さんが創られた、政治家や経営者の養成機関でもある松下政経塾に進みました。そこで最も印象に残っている研修が、これも中国での研修でした。1989年8月の終わりから約2ヶ月間、シンヤン、広州、アモイ、上海、チンタオ、北京、ハルピン、そして大連の8都市を回り、中国に進出していた日本や台湾、韓国の企業をヒアリングして回りました。
 国会議員になってからもたびたび訪中していますが、合計3回、朱鎔基前総理とお会いできたことは私の政治キャリアにおいて大きな財産になりました。当時、朱首相は国営企業の改革に取り組まれており、WTOの加盟を通じて国際水準の波に中国をさらすことによって変革を成し遂げるのだという強い意志で改革を推進されました。抵抗は大きいが失敗を恐れず、やり切るのだと力説されていました。そして見事、公約どおりWTOに加盟し、国営企業改革に大なたを振るわれました。そのことが今の中国の経済発展の基盤になっているのは皆さま方のほうがご存じのとおりです。朱首相とは、様々なテーマで意見交換をしましたが、決して折り合わないテーマでも辛抱強く、時に激しく議論され、最後に「今回は意見が合いませんでしたが、また、是非いらして下さい。次回、徹底的に議論しましょう」と言われました。能力があるだけでなく、懐の深さにも心から敬意を表しています。朱鎔基さんは、周恩来元総理と並んで、私の尊敬する政治家の一人です。


日本の政治状況と民主党

 さて、民主党のことについて少しお話したいと思います。去る9月11日、日本では総選挙が行われ、民主党は衆議院で64議席を失い、113議席になりました。小泉総理の自民党は295議席、連立相手の公明党を加えると326議席となり、衆議院の3分の2以上の議席を獲得しました。岡田前代表は敗北の責任をとって辞任し、党内の選挙で私が新しい代表に選ばれ、9月17日に民主党の代表に就任しました。先ほど述べたように私は今、43歳ですが、これほど年齢の若い野党第一党の党首が誕生したのは日本では初めてのことです。
 日本の衆議院は、300議席が小選挙区制、残る180議席が比例代表制の小選挙区中心の選挙制度を採用しています。小選挙区制とは、選挙区ごとに勝者一名のみが議員になれる制度のことです。同じ程度の得票数を獲得しても、一票でも票が少なければ議席はゼロです。この小選挙区制の比率が高いために、得票数や得票率の差は小さくても、議席数に大きな差が生じることがありえます。今回の選挙は、まさに小選挙区の特徴が顕著に現れた選挙でした。得票数で言えば民主党の1に対して自民党は1.3でしたが、議席数は民主党の1に対し自民党は2.6となったのです。
 しかも、自民党には連立の相手である公明党の票も上乗せされています。つまり、民主党と自民党の得票数の差はそれほどありません。日本でも二大政党制が定着し、政権交代の可能性は常にあるということを強調しておきたいと思います。


民主党の外交安全保障政策と日中関係の現状

 いよいよ、今日の講演の本題である民主党の外交安全保障政策に入りたいと思います。まず、民主党と自民党の外交安全保障政策の違いについて一言触れておきましょう。それは、アメリカかアジアか、アメリカか中国か、という二者択一の問題ではありません。また、日米同盟重視か、国連を中心とする国際協調主義重視かという二者択一の話でもありません。どちらも求めることが大事だと我々は考えています。
 先月14日、私の故郷・京都で日米首脳会談が行われました。その際、小泉首相は「日米関係が緊密であればあるほど、中国やアジアとの関係は自然とうまくいく」と発言しました。私も日米関係が緊密であることは重要だと考えていますが、だからと言って、中国や韓国、他のアジアの国々と疎遠であっていい訳ではありません。中国や他のアジアの国々と直接の関係を強めることは日本の利益にもなりますし、アジアの平和と繁栄、安定にもつながると私は考えます。私自身、先週はワシントンとニューヨークを訪問し、その足で北京を訪れたのも、米国と中国の両方と良好な関係を築くことが日本の利益であり、アジアの平和と安定につながるという信念によるものです。また、隣国との友好関係を築くことができずに世界の平和と安定に貢献しようと思っても、夢物語に終わるでしょう。
 残念ながら、小泉政権の約5年間、中国との首脳交流がほとんど出来ないという異常事態が続いています。小泉首相の靖国神社参拝が大きく影響していることは言うまでもありません。私は、A級戦犯が合祀されている限り、靖国神社には、総理や外相、官房長官など責任ある立場の方が参拝すべきではないと従来から主張してきました。他国に言われて止めるのではなく、日本が大局に立って、国益の見地から判断すべきものだと考えます。また、国政を預かる者の一人として、あの戦争の責任を為政者の誰かが当然、取るべきだと考えます。民主党は、日本が「遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」という村山談話を重く受け止め、その歴史認識をベースに隣国との未来志向の関係を築いていくべきとのスタンスに立っています。

 今回、私は、日本と中国の間、特に民主党と中国共産党の間でお互いの利益になる政策課題について、包括的な協議メカニズムを構築すべきだとの提案を行うために訪中しました。具体的には、環境汚染対策、エネルギー効率の向上、クリーンエネルギーの供給などは日本が得意とする分野です。また、地球環境に優しい公共交通網の整備、省エネ都市設計も日本がお手伝いできる分野です。このように環境、エネルギー面での実質的な協力を積み重ねていけば、東シナ海の海洋権益をめぐる立場の違いも相対的に小さな問題となり、文字通り、東シナ海を「平和の海」に変えることが可能となるでしょう。
 国境を越えて広がる可能性のある鳥インフルエンザ、HIVなどでの提携、協力も重要な課題です。また、中国が六者会議の議長国として努力している北朝鮮の核開発問題についても、朝鮮半島の非核化は日中双方の共通の利益であり、さらに連携を強めることのできるテーマです。
 中国は経済発展を背景にして、17年連続して毎年10%以上のペースで国防予算を増やし、軍事力の増強・近代化を進めています。実際には中国政府が公表している2倍から3倍の軍事費が使われているのではないかとの指摘もあります。その結果、中国を軍事的な脅威であると見なす声が増えています。他方で、中国では日本の軍事力や日米同盟に対する不安が存在しているという声も耳にします。いたずらに軍拡競争に陥らないためにも、軍事の透明性を高めたり、自衛隊と人民解放軍の制服同士の交流をさらに活発化させるなど、政治的な意思疎通を緊密に行い、日中間の信頼醸成に向けた具体的ステップを積み重ねていく必要があります。日中双方が、中東の石油に多くを依存していることを考えると、共通の利益でもあるシーレーン防衛を、他の沿岸国や関係国と共に共同で行っていくことも具体的な取り組みとして考えるべきではないでしょうか。
 問題なのは、現在の日中両国が目の前にある幸運を生かそうとしていないことにあります。これだけ大きな共通の利益が広がっているのに、「政冷経熱」が深刻化しているのは、とても不幸です。
 私は、今述べたようなテーマについて、日中両国が「相互互恵」「共存共栄」の観点に基づき、包括的かつ戦略的に議論することが必要不可欠だと考えています。民主党が政権についた暁には、そのような包括的協議を日中政府間で行うことを、すぐに着手したいと思います。
 民主党政権ができるまでの時間も無駄にするつもりはありません。今から民主党と中国共産党の間で包括的協議を進め、具体化できるところから実現に向けてお互いにがんばろうではありませんか。

 日中関係を改善すべき理由は、それが日本と中国の利益になるからだけではありません。日本と中国には東アジアの平和と安定を実現する責任があります。日中関係を悪化させ、東アジアの不安定化要因となることは絶対にあってはなりません。
 そのような消極的な意味だけでなく、日中両国は東アジアの平和と安定を創造していくという積極的な意味でも責任を負っている、というのが私の考えです。今週クアラルンプールで東アジアサミットが開かれますが、東アジア共同体構想を実現していくためには、日中間で整合性のとれたアプローチをとることが不可欠です。FTAの締結や共同体の運営方法、メンバーシップについて、日中間で十分な意見調整を行う必要があります。
 先週、訪米したときにも話が出ましたが、アメリカは東アジア共同体構想から自分が排除されるのではないかと懸念しています。私は、アメリカを排除すべきではない、むしろ排除できない、と考えています。アメリカのマーケット抜きで、アジア経済の発展はありえませんし、アメリカの軍事的プレゼンスなくしてこの地域に安定はないからです。
 日米間には「2+2」という外務・防衛担当の閣僚間で戦略的対話を行う枠組みがあります。米中間でも副長官級で対話が始まりました。私は、日中間で包括対話を軌道に乗せた上で、日米中三カ国による包括対話を実現すべきだという考えを持っています。様々な意味で世界の大国である三カ国が、同じ課題について意見交換できる場をつくることには非常に大きな意義があると考えます。
 東アジア共同体はポジティブな可能性を秘めた野心的な実験です。将来的には、東アジア共同体のメンバー間でお互いに攻められるという心配を持たなくなる、EUのような「不戦共同体」を構築することも究極の目標として掲げるべきでしょう。その実現のために力を尽くすことこそが、日中間の一時期にあった不幸な歴史の教訓に学ぶということであり、当時犠牲となった内外の人々の霊に報いることになると私は思います。


おわりに

 私は昨年、瀋陽からバスで約5時間入った内モンゴルで植林活動に参加する機会を得ました。仲間と合計500本以上の苗を植えました。1年余り経った今、植えた苗の多くがすくすくと育ってくれることを心から期待しています。砂漠化を止めるには500本の苗は、あまりにも少なすぎるかもしれません。しかし、一つひとつの小さな積み重ねでしか、大事業を成し遂げることはできません。すべて、小さなひとつからしか始まりません。今、我々が一歩を踏み出すことにより、アジア、そして世界の安定・発展という大きな目的を達成させることができるのです。皆さんと共に、苗を一本一本植えていきたいと思います。我々の子供や孫にすばらしい国を、すばらしい地球を引き継いでいくためにも共同作業を始めようではありませんか。
 皆さんがすばらしい外交官として、中国のため、日中友好のため、世界の平和と繁栄、安定のため、大いに活躍されることを期待して、民主党代表としてのご挨拶を終わります。ご静聴ありがとうございました。