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2002/08/08
産業再生戦略
〜閉塞NIPPONからの脱却〜 |
民主党
要 旨
T産業再生に向けての基本方針
1.今なぜ産業再生なのか
2.産業再生への方針
U閉塞NIPPONからの脱却策
1.人的資源の活用策
2.ベンチャー支援策
3.企業活性化策
4.競争促進策
5.グローバル経済への対応策
V10年後の日本経済のビジョン
1.概 況
2.産業の姿
3.労働市場の姿
4.国際貿易・投資の姿
【要 旨】
T産業再生に向けての基本方針
1.今なぜ産業再生なのか
今、わが国が産業再生を必要とする理由として3点指摘できる。
第一に、資産デフレなど様々な構造調整圧力の下では、公共投資拡大を中心とする景気対策は一時的な効果しかなく、本格的な景気回復を実現するためには、企業活動を活性化させるためのミクロレベルの環境整備が欠かせないことである。
第二に、経済不振が続く場合、国民生活の持続的な向上が阻害されることである。高齢化の進展に伴い社会保障負担が増加するため、国民生活を維持するためには、生産性向上によりある程度の経済成長率を確保する必要がある。
第三に、国民一人ひとりが意欲と能力に応じて職が得られるような環境をつくることが、国家の大きな責務の一つであるが、現在、望ましい状況とは大きな隔たりがある。失業者が増加するのみならず、不況で希望する転職先が見つからないため、不本意ながら現在の職にとどまることを選択する人が増えている。こうした状況から抜け出すためにも、産業再生が不可欠となる。
しかし、残された時間は限られている。中小企業を中心に企業の疲弊が大きく、今の状況がさらに長期化していけば、政策による産業再生も効果が期待できなくなる。また、人材の劣化が続くほか、財政、年金など国民生活を支える制度インフラも破綻に瀕し、わが国の経済・産業基盤は確実に蝕まれていく。この結果、わが国経済が再生するチャンスはますます小さくなっていくことになる。したがって、一刻も早く抜本的な経済構造改革を実行に移し、産業再生を実現すべきである。
2.産業再生への方針
持続的な経済成長を実現するためには、産業の生産性改善が必要条件である。わが国経済の構造問題の一つは産業の二重構造であるが、生産性の向上という点では、高生産性部門の生産性を引き上げるのも、低生産性部門の生産性を引き上げるのも共に重要な課題であり、並行して実現を図っていく。
まず、強い産業である輸出型製造業については、モノづくりを重視する方針を堅持する。わが国の産業の優位性はモノづくりにあり、それを軽視することは、わが国産業の優位性の喪失につながりかねないためである。
また、モノづくりの優位性を確保するためには、研究開発の水準を高めるとともに、その成果を知的財産権で十分に保護していくことが重要である。
さらに、わが国製造業の優位性がモノづくり技術、とりわけ加工技術にあることからすれば、加工技術の向上につながるナノテク分野の最重点化を図っていく。
一方、弱い産業については、規制改革を通じた生産性向上を図る。この分野には、医療、福祉など生活密着型サービスが含まれており、その活性化によって新たなサービス、より良いサービスが提供されるようになれば、国民生活は真に豊かなものとなる。
なお、規制改革によって大きな影響を受ける業界に関しては、産業としての強化策やセーフティーネット措置を盛り込んだ産業ごとの将来ビジョンを示し、規制改革に対する理解をできるだけ得られるよう努力する。
ただし、その場合においても、産業政策のなかで守るべきものは、競争力を失った企業をいたずらに延命させたり、そういった企業が従業員を抱え込むことを助長することではなく、あくまでその産業が国民生活を豊かにするために果たしている「機能・役割」であることに留意する必要がある。
U閉塞NIPPONからの脱却策
産業再生のためには、個々人が、今起こっている大きな環境変化を、「脅威」としてではなく「チャンス」として捉えることが重要である。しかし、戦後、生活水準が急速に向上するなかで、やる気やチャレンジ精神は薄れ、国民全体にリスク回避指向が高まっている。そのなかで、経済は静かな衰退をたどる一方、閉塞感がますます強まるという悪循環が生じている。
このような状況の打開策として、まず、人々の意欲と能力を高めるための人的資源の活用策を列記する。さらに、将来のリーディング産業を創出するためのベンチャー支援策、企業の経営力や技術力を高めるための企業活性化策、競争を促進して生産性向上を実現するための競争促進策、国際競争力向上のためのグローバル化への対応策についても列挙する。
1.人的資源の活用策
人々のやる気を高める
(1)税制改革等によるインセンティブ引き上げ
1.連動型役員報酬や役員賞与の経費参入容認
2.リターンを高める企業形態の導入
(2)何度でもチャレンジできる仕組みづくり
1.個人破産時における差し押さえ禁止財産の範囲拡大
2.個人保証を行う企業経営者へのセーフティーネットの導入
(3)企業家が正当な社会的評価を受けるようにするための環境づくり
1.ベンチャー経営者の表彰制度の創設
2.教育における自立性とチャレンジ精神の重視
(4)大学研究者の意欲向上
1.国立大学等の非公務員型独立行政法人化
2.大学の内部昇格制限による競争原理の強化
3.TLO制度の拡充と特許取得支援の強化
4.日本版ノーベル賞の創設
国民経済全体で人材が最も活用されるシステムを構築する
(1)女性の社会進出促進 〜税制・育児施設・起業支援からのサポート〜
(2)企業の新陳代謝促進 〜外形標準課税導入と税率引き下げの実現〜
(3)官民連携の「再就職ワンストップ・サービス」の実現
能力と意欲に応じた職業能力訓練の機会を高める
(1)企業家教育・マネジメント教育を行う機関の設立支援
(2)コミュニケーションや理数系の能力を重視した教育制度の実現
(3)ミドル層の転職を支援する奨学金制度の創設
(4)企業に対して能力開発休職制度の導入を誘導
2.ベンチャー支援策
(1)SBIRの拡充と日本版STTRの導入
(2)エンジェル税制の拡充
(3)全国的エンジェルネットワークの設立・運営支援
(4)技術者のスピンアウトの促進
3.企業活性化策
(1)コーポレート・ガバナンスの強化
(2)技術開発支援の強化
(3)企業再編促進による研究開発余力の引き上げ
(4)企業間の重複投資抑制のため官民共同研究開発プロジェクトを活用
(5)減価償却期間の適正化
4.競争促進策
(1)規制緩和の推進と産業強化ビジョンの提示
(2)高コスト体質是正のため公益事業分野における競争を促進
(3)民営化推進とミニマム・サービス確保の両立
(4)公正な競争確保のため公正取引委員会の機能を強化
(5)外資進出促進の環境整備
5.グローバル経済への対応策
(1)環太平洋地域FTAの推進
(2)海外における知的財産権保護の強化
V10年後の日本経済のビジョン
上記政策が実施されることを前提に、わが国経済の10年後を概観する。
今後、わが国経済の将来性についての危機感が、上記改革を推進するエネルギーに転化する。そのなかで、国民のなかにも、変化を危機としてではなく、チャンスとして捉える姿勢が強まる。
その結果、ベンチャー企業を始めとして新規開業が増加するほか、既存企業においても研究開発投資意欲が高まるなど、企業活動全般に活性化の動きが生じ始める。また、低生産性部門では、規制改革に伴う企業間競争の激化、新しい技術、経営ノウハウの導入によって、生産性の向上が顕在化していく。
一方、企業活動の活性化によって、新たな商品・サービスを生み出す力が強まり、需要創出力が高まっていく。また、研究開発投資を始めとする設備投資も活発化する。
企業活動の活性化が、一方では供給能力を高め、他方では需要を喚起しながら、わが国経済は安定成長過程をたどり始める。
産業再生による経済活性化のパフォーマンスを経済全体の労働生産性の上昇率で見た場合、上記の改革が一気に実施されることによって短期間で効果が顕在化することが見込まれ、10年後には労働生産性の上昇率にはっきりと現れるようになる。
産業再生に向けての基本方針
1.今なぜ産業再生なのか
(1)産業再生こそ真の経済対策
バブル崩壊以降、わが国経済は10年以上にわたって不振が続いている。これまで優位を誇ってきたわが国製造業は、先端分野では米国に後塵を拝し、また、既存分野では東アジア諸国、とりわけ中国の急追を受けており、国際競争における地盤沈下が目立ってきた。他方、非製造業や内需関連製造業においては、競争を阻害する規制や業界慣行が温存された結果、生産性向上のチャンスが失われるとともに、新たな製品やサービスを生み出す活力も低下した。
その間、度重なる大規模な景気対策が実施されたものの本格的な景気回復には至らず、その効果に対する懐疑的な見方は多くの人が共有するところとなった。
もちろん、景気対策は一時的に需要を引き上げる効果はあるが、経済政策の目標は、そうした一時的な景気浮揚ではなく、持続的な経済成長でなければならない。しかし、現在のわが国経済においては、資産デフレや様々な構造調整圧力のために、景気対策を実施しても、それが持続的な景気回復につながらない状況にある。したがって、短期的な視野に立った景気対策は、現在の日本経済にとって、根本的な解決策にはならない。
持続的な成長過程に復帰するために必要なのは、マクロ的な景気対策ではなく、企業活動を活発化させるためのミクロレベルでの環境整備である。それによって、供給面では生産性が改善し、経済の成長余力が高まる。一方、企業活動の活発化に伴い新たな商品・サービスの供給が促進され、経済を需要面から喚起することにもつながる。その意味で、真の経済対策は経済構造改革による産業再生であり、それを確実に実行していくことこそが日本経済再生の早道なのである。
(2)国民生活の質の持続的な向上の実現
産業再生は、生活者としての国民生活の向上を図るという点でも重要である。国民の暮らしが向上していくためには、国民一人当たりのGDPが増加していくことが必要となる。しかし、バブル崩壊以降は産業活力が急速に低下し、過去10年間の国民一人当たりのGDP増加率は、平均1%程度にとどまった。
今後、高齢化の進展に伴い、一人の就業者が支えなければいけない高齢者数は増加していく。その結果、就業者一人当たりの社会保障負担は増加し、これまでの生活水準を維持することができなくなることも想定され得る。そうならないためには、生産性を引き上げることによって、就業者一人当たりの実質GDPの十分な伸びを確保し、社会保障負担が増加しても生活水準が低下しないようにすることがますます重要になる。
(3)全ての人が能力を発揮できる社会の実現
国民一人ひとりが、意欲と能力に応じて希望する職が得られるような環境をつくっていくことは、政府の大きな責務である。国民の側から見ても、仕事は自己実現を図る重要な場であり、それが保障されることは、個々人にとって幸福追求のために不可欠の要素であるといえる。
しかし、昨今、経済不振が長期化するなか、失業者数が次第に増加するとともに、希望する転職先が見つからないため、転職を希望しながら現在の職にとどまる人も増えている。こうした状況自体、人的資源の非効率利用であり大きな問題であるが、これがさらに長期化していくと、職能形成の機会を奪われる人や、意欲の低下のために十分な職能が身につかない人が増加し、日本全体として人材の劣化が進行していくことになりかねない。とりわけ若年層の失業率の増加は、その影響が長期化・社会化することになるため、極めて深刻な問題である。
このような状況から脱するには、産業を再生して雇用を創出していくことが不可欠である。それに加え、学校教育の水準向上を図るとともに、職業教育についても、実質的機会の平等がより広汎に保障されるよう環境整備を進めていく必要がある。
こうした政策によって、全ての人が意欲と能力に応じて仕事を確保でき、自己実現を図っていくことが可能になる。
(4)残された時間はわずか
このように、国民の生活水準を上げていくためにも、また、個々人が仕事を通じて自己実現が図れるようにするためにも、産業に活力を取り戻すことが不可欠である。しかし、与えられた時間は限られている。
バブル崩壊以降、中長期的な成長力回復のための規制緩和や産業構造改革が重要だとの認識が高まっていたが、様々な利益集団を権力基盤とする自民党政権下で、十分な政策対応はなされなかった。橋本政権では構造改革への取り組み姿勢が見られたが、既得権益に切り込むまでには至らなかった。小泉政権に至っても、掛け声だけは聞こえてくるものの、改革に反対する党内抵抗勢力の力が依然として強く、一向に成果は上がっていない。こうした対応の遅れが、結果として、わが国経済の不振をこれほどまでに長引かせる一因となったといえる。
不況の長期化に伴い、企業はますます疲弊している。企業は国民経済における中心的存在であり、これ以上企業の疲弊が進めば、政策をフルに発動したとしても日本経済の再生は期待できなくなる。
特に懸念されるのが中小企業の状況である。中小企業のなかには、地道に経費削減に取り組んできたものの、売上不振に加え、取引先への貸し倒れの増加、親事業者による下請いじめの増加などで、瀬戸際近くまで経営的に追い詰められた企業も多い。経済不振がさらに長期化すれば、わが国製造業の強さの源泉であった中小製造業の衰退が加速し、わが国の国際競争力にとっても取り返しのつかない影響を及ぼすおそれがある。
また、経済不振が長期化すれば、人材の劣化が続くほか、財政、年金など国民生活を支える制度インフラも破綻に瀕し、わが国の経済・産業基盤は確実に蝕まれていく。この結果、わが国経済が再生するチャンスはますます小さくなっていくことになる。一刻も早く抜本的な経済構造改革を実行に移し、産業再生を実現すべきである。
2.産業再生への方針
(1)弱い産業は強く、強い産業はさらに強く 〜生産性向上の両面戦略〜
わが国経済においては、自動車や電気機械など輸出型製造業の生産性が高い一方で、非製造業や内需型製造業の生産性は大幅に劣るという、いわゆる二重構造が顕著である(表1)。
前述のような、持続的な経済成長を実現するためには、産業の生産性改善が必要条件であるが、生産性を上げるという点では、生産性の高い産業(=強い産業)の生産性をさらに引き上げることも、生産性の低い産業(=弱い産業)の生産性を引き上げることも、等しく重要な課題である。
しかも、強い産業の一層の強化と弱い産業の活性化は相互補完的な面が強く、並行して実現を図っていくのが効果的である。例えば、弱い産業の生産性上昇でわが国の高コスト構造が解消に向かえば、輸出型製造業にとっては国際競争力の向上につながる。逆に、輸出型製造業が活性化すれば、それに伴って企業向けサービスの需要が拡大する。
したがって、弱い産業を強くし、強い産業をさらに強くするという二つの生産性向上を同時に図っていくものとする。
【表1】日米の生産性格差(2000年)
(2)強い産業の一層の強化 〜“モノづくりDNA”覚醒〜
1.モノづくり重視
わが国には長いモノづくりの伝統がある。ある著名な学者によると、モノづくり文化は、独自の土器を創り出した縄文文化以来、脈々として生き続けているという。近世、開国以来急速に近代化できたのも、また、戦後の荒廃から目覚しい経済成長を成し遂げられたのも、脈々と続いてきたモノづくりの文化の賜物であろう。
しかし、90年代以降、モノづくりにおける国際競争力低下を懸念する声が強まっている。先端分野では米国に遅れをとり、既存分野では中国を始めとするアジア諸国から急速な追い上げを受けている。しかし、こうしたときだからこそ、我々日本人の持つ“モノづくりDNA”を再び覚醒させ、産業競争力を回復させなければならない。
モノづくりへのこだわりを捨てるのは妥当ではない。戦略として、強い産業はさらに強化し、弱い産業は謙虚に外国から学ぶことで強化を図るのが正しい選択である。
モノづくりが空洞化したサービス産業中心の経済構造や、生産現場のない研究開発中心の製造業というのも、日本経済の目指す将来像としてあり得ないわけではない。しかし、その場合、わが国の優位性が完全に喪失してしまう可能性が高い。
また、戦略としては、強い産業の優位性を弱い産業の強化に活用するという発想も必要である。モノづくりにおける優位性をさらに高め、モノづくりをコアとして、産業全体の競争力強化を図ることを模索していくべきである。
2.研究開発支援と知的財産保護の推進
モノづくりの優位性を支えるのは技術である。したがって、その優位性を高めていくには、研究開発の水準を高めるとともに、その成果を知的財産権で十分に保護していくことが重要である。
研究開発支援の重要性を無視して知的財産権の保護を強化した場合、技術で勝る米国など外国企業の優位性を固定化してしまう。逆に、研究開発支援を推進しても知的財産の保護が十分でなければ、研究開発の成果をわが国企業が十分に享受することができなくなる。したがって、研究開発促進政策と知的財産保護強化をセットで推進することが戦略的な観点から重要である。
3.ナノテク最重点化による加工技術の引き上げ
わが国の技術政策においても、市場のポテンシャルや実用化の可能性を踏まえ、技術開発予算の重点化が推し進められている。重点配分の対象とされているのが、情報通信(IT)、ナノテクノロジー、バイオ・医療、エネルギー・環境などである。
しかし、重点配分の対象となる分野は、主要国先進国ではほぼ共通しており、限られた研究開発予算をより有効に活用するためには、得意分野をより一層絞り込むことが必要になる。
その点で、世界のトップ水準にあるナノテク分野の最重点化を図るべきである。わが国製造業の優位性がモノづくり技術、とりわけ加工技術にあることからすれば、ナノテクの最重点化は、加工技術の向上にもつながる可能性が高い。その成果としてナノテク技術における優位性が高まれば、ナノテクを応用した加工技術を足がかりに、半導体、バイオ・医療、環境分野などでの優位性も高まることが期待できる。
(3)弱い産業の強化
1.規制改革推進による生産性向上
サービス産業や内需型製造業を中心とする低生産性部門については、規制改革による生産性向上を図る。わが国の産業構造においては、機械産業や鉄鋼など輸出競争力を持つ産業の比率は付加価値ベースで約1割に過ぎず、残り9割は非製造業ないしは内需依存型製造業が占めている。したがって、この9割に当たる部分の生産性を引き上げることは、産業全体の生産性を引き上げることに大きく寄与する。
なお、低生産性部門には、医療・福祉など、社会構造の変化に伴い需要拡大が期待される生活密着型サービスが含まれている。こうした産業を活性化することで、新たなサービス、より良いサービスが提供されるようになり、国民生活は真に豊かなものとなる。
2.規制改革対象業種への対処
規制改革によって大きな影響を受ける業界に関しては、産業としての強化策やセーフティーネット措置を盛り込んだ産業ごとの将来ビジョンを示し、規制改革に対する理解をできるだけ得られるよう努力する必要がある。
ただし、その場合においても、産業政策のなかで守るべきものは、競争力を失った企業をいたずらに延命させたり、そういった企業が従業員を抱え込むことを助長することではなく、あくまでその産業が国民生活を豊かにするために果たしている「機能・役割」である。
もちろん、労働政策や福祉政策によって人々が安心して暮らせる社会を実現することは、政府の基本的な使命であるといってよい。しかし、一方で、非効率な産業を非効率なまま温存した場合、既存の就業者の雇用は守られるものの、経済の活性化は妨げられ、経済全体では雇用にむしろマイナスの影響を及ぼす。
したがって、個別産業のあるべき姿を追求する産業政策に、労働政策や福祉政策の観点を過度に持ち込むべきではない。衰退産業から生じる失業に対しては、基本的に雇用保険や再就職支援などのセーフティーネットを拡充することによって対応すべきである。
3.地域産業活性化への支援強化
また、規制改革や財政構造改革によって、大きな影響を受けることが予想される地方圏に対しては、産業クラスター政策*への支援などを通じて地域産業活性化への取り組みを強化する。産学官の結びつきを強化し、“官”は“産”の要望に応じて産業クラスター内のビジネス環境改善を図るための投資を行い、“学”は“産”に対して技術開発などでの支援強化を行う。ただし、主導するのはあくまで“産”でなければならない。このような産学官の協力体制確立による地域産業の活性化を推進するため、必要な条件整備を図っていく。
なお、地域の主体性に基づく産業クラスター政策を推進するためにも、税財源の地方への移譲と地方自治体の自主権の強化、国立大学等の独立行政法人化による対外活動の促進を図るものとする。
*ここでいう産業クラスターとは、「特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関(大学、規格団体、業界団体など)が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態」をいう(マイケル・E・ポーター「競争戦略論・」)。産業クラスターという概念は、一国や地域の経済・産業の競争力を左右する基礎条件として近年、注目を集め、諸外国では新たな産業の創造を目指す地域経済産業政策として具現化されつつある。
U閉塞NIPPONからの脱却策
1.人的資源の活用策
我々の前には、無限のビジネスチャンスが広がっている。ナノテク、IT、バイオ、エネルギーなど様々な分野で技術革新のテンポが加速しており、また、ITを活用した新たな事業展開の余地も依然として大きい。さらに、わが国では今後、規制改革が急速に進展する見通しである。規制に守られてきた業界では、新たな技術やノウハウを導入することで、新規参入業者でも大きなシェアを獲得できる可能性が高く、必ずや大きな地殻変動が生じるものと考えられる。
こうしたビッグチャンスを生かすも生かさないも、基本的に、個々人の能力とやる気にかかっている。我々一人ひとりが、今起こっている大きな環境変化を「脅威」としてではなく、「チャンス」として前向きに捉えることが必要であり、そうすることによって、イノベーションにつながるような斬新な着想も得ることができる。
しかし、戦後、生活水準が急速に向上するなかで、やる気やチャレンジ精神は薄れてきた。加えて、バブル崩壊以降の経済不振の長期化で、戦後の成功体験によって培われてきた自信も喪失した。その結果、国民全体にリスク回避指向がますます高まり、経済は静かな衰退をたどる一方、閉塞感がますます強まるという悪循環が生じている。
こうしたなか、政府に求められるのは、やる気のある人からやる気を削がないことと、やる気はありながらがら行動に踏み出せない人に対しては励まし、支援することである。そうした政策が功を奏し、成功者が実際に増えてくれば、それを励みにあとに続く人も自ずと増え、日本経済のエンジンは本格的に動き始める。
加えて、個々人のやる気が高い成果に結びつくよう、能力開発を支援するとともに、個々人の能力が最大限に活用されるような様々な環境整備を行う必要がある。
人々のやる気を高める
(1)税制改革等によるインセンティブ引き上げ
人が働くのは金銭のためばかりではない。しかし、金銭は人々のやる気を引き出す大きな要因である。したがって、税制においては、インセンティブを高める所得税制の導入が大きな課題となる。特に所得税制について、その所得再分配機能を維持したうえで、インセンティブ機能が働きやすい仕組みに変えていく必要がある。
また、企業内においても、インセンティブを高めるための報酬制度の導入が模索されており、そうした動きを阻害しないよう、既存の法制度や税制の見直しを検討する。
1.連動型役員報酬や役員賞与の経費参入容認
2001年商法改正で、ストック・オプションに対する規制緩和や役員への業績連動型報酬制度の導入が実現することとなったが、これらの報酬が企業にとって経費として認められるよう、税制面での整合性を図る。
2.リターンを高める企業形態の導入
中小企業を対象に、LLC(Limited Liability Corporation 会社の所得は出資者の個人所得とされ、会社自体には課税されない有限会社)などパススルー(会社非課税・株主課税)の可能な企業形態を導入する。これにより株式会社のように企業所得に課税され、さらに配当された個人所得にも課税される二重課税が回避される。
(2)何度でもチャレンジができる仕組みづくり
わが国では、金融機関が中小企業へ融資をする際、個人保証を要求するため、企業が破綻すると経営者自身も破産に追いまれるケースが多く、企業家の立ち直りを妨げる要因になっているとの指摘がある。
ビジネスマインドの旺盛な人材が希少であるわが国の現状を踏まえると、事業意欲の旺盛な人が何度でもチャレンジできるための環境整備を進める必要がある。
1.個人破産時における差押え禁止財産の範囲の拡大
中小企業の資金調達難を惹起する可能性や、一般の個人破産にも適用することによる問題点などを十分検討したうえで、差押え禁止財産の範囲拡大を検討する。
2.個人保証を行う企業経営者へのセーフティーネットの導入
企業に対する個人保証を行っている経営者が、企業の経営破綻に伴う保証債務の履行によって自らも破産に追い込まれた場合、一定の額を支援する制度の創設を検討する(その原資として、経営者の個人保証付き貸出金残高に応じて、金融機関から徴収することを想定)。
(3)起業家が正当な社会的評価を受けるようにするための環境づくり
経済発展においてベンチャーの役割に対する期待が高まる一方で、ベンチャー経営者に対する評価は、大企業の経営者などに比べ必ずしも高くない。起業家として成功するためには、様々な困難を克服する能力が要求される一方、成功すれば多くの雇用を生み出すという点で、社会的にもっと高い評価を受けて然るべきものと考えられる。それにふさわしい社会的評価が得られるよう政策的に支援し、ベンチャー起業家の増加につなげていくことが重要である。
19世紀後半に、英国が技術開発で遅れをとった一因として、科学者は尊敬されていても、産業技術者(テクノロジスト)は社会的に評価されなかったという点が指摘されている。20世紀末以降に日本が衰退した理由として、ベンチャー企業家が社会的に評価されなかったためだと後世の研究者に指摘されることのないよう、国民の固定観念を払拭するような措置も検討すべきである。
また、こうした意識改革は、初等・中等教育において有効に働く可能性が高いと思われる。教育方針として自立心やチャレンジ精神の育成により重点を置くとともに、起業家に対して正当な敬意が払われるようにすべきである。
1.ベンチャー経営者の表彰制度の創設
技術やビジネスモデルの斬新性、雇用創出貢献度などを基準に、毎年、表彰を行う(仮称:ベンチャー・ジャパン大賞)。
2.教育における自立性とチャレンジ精神の重視
学校教育において、チャレンジに対する肯定的な価値観を育む。
(4)大学研究者の意欲向上
わが国において、大学は、基礎研究が行われるほとんど唯一の場であり、国際競争力に大きく影響する基本特許の取得については、大学に依存せざるを得ない状況にある。したがって、大学の活性化は、わが国の産業再生、とりわけ製造業の再生にとって重大な意味を持つ。
また、大学は優秀な研究者を数多くストックしているため、彼らの能力が、民間企業、特に技術の実用化・商用化を図るベンチャー企業で積極的に活用されることが望ましい。
そこで、研究者の意欲を高めるため、研究者の待遇や年棒が実績に応じて弾力的に設定できるような制度を構築するとともに、特許の民間利用促進によって研究成果が収入に反映するようにしていく必要がある。また、大学内外の人事交流を促進することで、大学における競争環境を高めるとともに、研究環境自体のレベルアップを図っていく。
1.国立大学等の非公務員型独立法人化
非公務員型独立行政法人化によって、教員の待遇や年俸の弾力的設定ができるほか、兼職や自由な勤務形態(米国の週20時間教員制など)の採用が可能となる。その結果、研究者のインセンティブの向上や、民間企業などとの外部交流の活発化を期待できる。
事務職員についても、非公務員化によって外部人材の有効活用が可能になるというメリットがある。また、大学の判断で容易に採用できるようになるため、研究者を雑多な事務手続きから解放し、研究活動に専念してもらうことが可能になる。
2.大学の内部昇格制限による競争原理の強化
学内の内部昇格を制限することで、客観的な実績に応じてポストが得られるオープンな仕組みが生まれる。これが、個々の研究者のインセンティブを強めるとともに、研究水準の全体的なレベルアップにもつながる。
3.TLO制度の拡充と特許取得支援の強化
TLO(Technology Licensing Organization 大学や研究機関などの研究成果や特許を民間の製品開発等に供与することを認定された機関)制度の充実や特許取得支援の強化により、大学等の研究者の特許関連収入を増し、金銭面でのインセンティブを刺激する。
4.日本版ノーベル賞の創設
若手研究者のインセンティブを高めるため、40歳までの日本人若手研究者を対象にしたノーベル賞級の格式のある表彰制度を創設する。
国民経済全体で人材が最も活用されるシステムを目指す
産業を再生させるためには、社会全体で、人材ができるだけ効率的に活用でされるシステムをつくっていくことも重要である。女性や高齢者の能力活用や、再就職システムにおけるマッチングの向上を図るとともに、経済全体での人材の効率的利用が実現するよう、低付加価値部門から高付加価値部門への産業のシフトを促進する。
(1)女性の社会進出の促進 〜税制・育児施設・起業支援からサポート〜
経済全体で女性の能力がさらに活用されるよう、インフラの整備(託児所の拡充)や女性の勤労意欲を阻害する税制の是正(配偶者控除・配偶者特別控除等の子育て支援手当への振り替え)を図る。
また、女性起業家への支援策として、そのデータベースを作成するとともに、政府調達における女性起業家への一定比率の割当て制度や公的金融機関の融資における女性起業家優先枠等を創設する。
(2)企業の新陳代謝促進 〜外形標準課税導入と税率引き下げの実現〜
経済全体の効率性を高めるため、低付加価値企業から高付加価値企業へ生産資源のシフトを図る。また、それによって労働者がより生産性の高い分野で働くことができ、生産性に見合った高い報酬が得られるようになる。
現行の法人税制では、応益税としての性格を持つ法人住民税についても低収益企業の税負担は極めて低く、その分、高収益企業の税負担が過大になっている。その結果、経済全体の効率化を押しとどめるものとして機能している。こうした状況を是正するため、財政支出の削減や外形標準課税の導入(ないしは法人住民税の均等割り分増額)と、実効税率の引き下げを検討する。
(3)官民連携の「再就職ワンストップ・サービス」の実現
官民共同のジョブ・データサービス(再就職の実績をデータベース化し、どのような条件・経歴の人がどのような再就職先を見つけたのかパターンを把握できるシステム)を構築し、過去の再就職データをもとに、求職者に対して職業教育プランまで含めた個別の再就職支援プログラムを作成するシステムを導入する。
さらに、再就職支援業務の民間委託を促進するなかで、「カウンセリング―再就職支援―生活費支援―職業訓練紹介」等のサービスを全て一箇所でまとめて受けることのできる、官民連携の「ワンストップ・サービス」を実現する。
能力と意欲に応じた職業能力開発の機会を高める
人的資源を有効活用するには、やる気を喚起するのみならず、教育を通じた人的資源の質の維持・向上を図らなければならない。なかでも、わが国経済の最大の弱点であり、改善の必要性が高いのが、企業におけるマネジメントの質である。
本来、経営の抜本的改革も行わず、業績の低迷が続いている企業においては、経営者は退き、経営者層の大幅な若返りが図られるべきである。それこそが、わが国産業再生の即効薬であるとの見方は決して間違っているとは思われない。
もちろん、自由主義経済下において、それを強制することは困難であるが、コーポレート・ガバナンスの仕組みを改善することにより、経営能力のない者が排除され得るようにすることや(後述)、将来の潜在的な経営者層を対象にしたマネジメント教育の向上により将来のマネジメントのレベルを引き上げることは可能である。教育という点では、わが国には起業家が極めて少ないことを踏まえ、ベンチャーを成功させられるような優秀な起業家を育成していく必要性も高い。そこで、将来、産業界のリーダーたりうる経営者層や起業希望者などを対象にした教育機関の設立支援を行う。
一方、ビジネス・リーダー層ばかりでなく、一般の就業者にとっても職業教育の必要性は高まっており、それに対して的確な政策対応も必要となる。
その背景として、一つには、社会の高度化、知的社会への移行に伴い、個々の就業者が専門的判断を下しながら進めていくタイプの仕事が増えていることがある。そうした専門職では、職業知識の陳腐化のスピードが速まっており、定期的に知識をブラッシュ・アップする必要性が高い。もう一つは、高齢化の進展に伴い、職業生活を送る期間が長期化することから、その期間を同一職種で通すことが難しくなっていくことがある。このため、新たな職能を身につけることを目的とした職業教育ニーズも急速に高まることが予想される。
こうした教育ニーズに的確に対応するとともに、特に職業教育については、希望者が受講しやすい環境整備を行うことで、“実質的な教育の機会平等”を積極的に推進していく必要性がある。
(1)起業家教育、マネジメント教育を行う機関の設立支援
わが国の起業状況を概観したとき、自ら事業を起こそうとする人が少ないうえ、経営環境に応じて的確な決断を行える真の経営者も不足している。こうした状況を教育面で補うため、将来のわが国の産業界をリードする起業家、経営者を育成する教育機関の設立を支援する(仮称:ビジネスリーダーズ・スクール)。
(2)コミュニケーションや理数系の能力を重視した教育制度の実現
学校教育のレベルの維持、向上を図る。知識社会への移行が強まるなかで、コミュニケーションや理数系の能力向上により力点を置いた教育制度にしていく必要がある。
(3)ミドル層の転職を支援する奨学金制度の創設
高齢化の進展で、就業期間が50年近くに長期化していくことが予想されるなか、同一職種でその期間を通すことは困難になりつつある。職種転換のため、大学等で新たな知識やスキルの修得に専念できるよう、ミドル層を想定した奨学金制度を設立する(仮称:がんばれミドル奨学金制度)。
(4)企業に対して能力開発休職制度の導入を誘導
企業の雇用者にとって、職業教育の機会が実質的に保障されるためには、各企業において、職業教育等を受けるための休職制度が整備されることが望ましい。休職中には収入がなくても(生活費や学資は上記奨学金制度の利用可)、受講終了後に復職の機会が保障されていれば、受講することに対するためらいを緩和することができると考えられるからである。そのための手段として、企業に対する助成金制度の創設を含め、必要な措置を講じる。
2.ベンチャー支援策
経済の持続的成長が続くためには、産業・企業のミクロレベルの視点で見ると、新たな産業の芽が出て、次のリーディング産業へと成長していくことが必要である。しかし、「選択と集中」の経営が主流となるなかで、大企業のなかから、新たな製品やサービスが登場し、それが産業として育っていく頻度は確実に低下していくと予想される。
今後、大企業に代わり、その役割を担うものとしてベンチャー企業がますます重要なものになっていく。したがって、多数のベンチャー企業が生まれ、それぞれが技術やアイデアの商用化・実用化を競いながら、新たな産業のフロンティアを開拓してくという状況をつくっていくことが、産業政策上も極めて重要な課題となる。
(1)SBIRの拡充と日本版STTRの導入
デスバレー*克服のためのベンチャー支援制度であるSBIR(Small Business Innovation Research Program 高度技術を持つ中小企業に対して政府が補助金を交付する制度)は、99年にわが国にも導入されたが、多くの点で本家の米国の制度に比べ見劣りがする。導入目的が十分果たせるよう、制度の改善を早急に行う。
また、企業の持つ製品化アイデアと、大学や研究機関が保有する技術力や研究設備を結び付けることで技術の製品化を促進するため、ベンチャー企業と大学、研究機関の共同研究を促進するSTTR(Small Business Technology Transfer Research Program 開発型の中小企業と非営利研究機関の共同開発を促進する制度。スキームはSBIRとほぼ同じ)を導入する。
*ベンチャー企業にとって、基礎研究段階から製品の市場投入の間に存在する開発およびスケールアップの段階は、技術の事業化が可能かどうかの見極めが困難なため資金調達は容易でない。このため、その段階で経営が行き詰まるベンチャー企業は多く、その試練は“死の谷”と称される。
(2)エンジェル税制の拡充
株式譲渡益の圧縮と株式譲渡損の繰越を認める現行のエンジェル税制は、要件の厳しさと手続きの煩雑さのために利用は極めて低調である。
ベンチャー企業のなかでも、特に研究開発型企業の資金不足が顕著であるという現状を踏まえ、研究開発型ベンチャーの株式を購入する場合、購入時に投資額の一定割合を税額控除できる制度を導入する。また、現行制度では、売却損が発生した場合に損益通算できるのは他の株式譲渡益に限られているが、損益通算できる所得の範囲についても拡大を図る。
また、エンジェル税制の不備を解消するため、公募債と私募債の中間に当たる募債ができるよう制度改正を検討する。これにより、50人以上に勧誘すると「私募」ではなく「公募」の扱いになってしまう、いわゆる「50人の壁」が解消され、ベンチャー企業の資金調達が円滑化し、起業促進につながる。
(3)全国的エンジェルネットワークの設立・運営を支援
ベンチャーの資金調達を促進するため、資金を調達したいベンチャー企業と投資家を結び付けるエンジェルネットワークに対して、設立・運営面での支援を検討する。
マッチングをうまく行うためには、資金調達を計画している企業に対して、計画書作成やプレゼンテーションなどに関して指導を行うことが必要であるが、そうしたコストを含めて、会員投資家や資金調達を希望する企業からコスト全額を賄おうとすれば、参加者の裾野が広がらない懸念がある。したがって、公的支援には意味があると考えられる。
(4)技術者のスピンアウトの促進
大企業が「選択と集中」の経営を強めていくなかで、大企業が事業化を断念した研究に携わってきた技術者が、スピンアウトするケースが増えることが予想される。
そこで、商用化・製品化の見込みのある研究を行ってきた技術者と、新たな事業展開を模索しているベンチャー経営者のマッチングを行い、それまでの研究成果ができるだけ有効に活用されるような仕組みの創設について検討する。
また、スピンアウトする際、特許の帰属や守るべき営業秘密の範囲などについて、個人と企業の権利関係を調整する仕組みについても併せて検討する。
3.企業活性化策
企業の最大の問題点はマネジメントの欠如である。この点を改善するために、企業のコーポレート・ガバナンスの強化を推進する。
一方、国際競争において、技術開発で先行することによるデファクトスタンダードの確立が重要になるなか、企業の技術水準が高まるような支援策の強化が不可欠である。企業に対する研究開発支援制度を強化するとともに、税制や官民共同プロジェクトを通じて企業の再編を促進し、産業全体で研究開発をより効率的に実施できる体制を確立する。
また、技術革新のテンポが速まるにつれ、法定の減価償却期間と実際の設備の陳腐化ペースとの間に乖離が生じてきており、減価償却期間を短くする方向で見直す。
(1)コーポレート・ガバナンスの強化
バブル崩壊後の企業において、マネジメント欠如は明瞭になった。本来、企業経営者は、経営環境が変化するなかで明確な経営ビジョンを示し、それに基づいて企業を変革していくことが求められるが、右肩上がりの経済環境でキャリアを積み上げてきた経営者の多くが、バブル崩壊後の経営環境の激変に十分対応できなかった。一方、過去においてコーポレート・ガバナンスの役割を果たしてきた銀行・企業別組合は弱体化し、機関投資家も十分に機能しなかった。
米国ではカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)など年金基金が企業に対して大きな影響力を行使しているが、わが国の場合、年金基金は受託金融機関に対して議決権行使の指図をすることができず、受託金融機関が自身の判断で議決権を行使することとなっている。しかし、米国と同様に基金自身にも運用責任を負わせ、その責任に基づいて基金自身が株主議決権行使をできるようにすることを検討すべきである*。
受託者である金融機関は短期的な利益を追求しがちとなるため、機関投資家の保有比率の上昇は、企業の長期的視野に立った研究開発活動を妨げる可能性が指摘されている。一方、年金基金はむしろ長期的な利益の最大化を目的とすることから、年金基金に議決権行使を認めることで、機関投資家のシェア拡大による弊害を緩和できる効果も期待できる。
*年金基金に議決権の行使が認められていないのは、公的機関である基金が直接議決権を行使することによって、民間企業の経営に影響を与えることが懸念されるためだとされている。しかし、基金自身の運用責任を明確にすることと、議決権行使基準と行使状況に関して基金に情報公開を徹底させることで、そうした事態の回避は可能であると思われる。
(2)技術開発支援の強化
現行の研究開発投資促進制度として、研究開発投資の増分に対して一定割合の税額控除が認められているものの、経済不振の長期化やデフレの進展等によって利用実績は大幅に低下している。
したがって、研究開発投資総額に対する税額控除制を導入し、既存制度との選択適用ができるよう制度改正する。研究開発投資総額に対する税額控除制度は、製造業を中心に研究開発型企業の実質的な税負担を軽減することを通じて、長期的には研究開発の促進要因となる。
(3)企業再編促進による研究開発余力の引き上げ
業界再編を促し、経営の効率性を高めることで、業界全体としての研究開発投資余力を引き上げる。そのために、企業組織再編税制の要件緩和を行うなど、法制・税制面での環境整備を進める。
なお、公正取引委員会が企業再編によって競争が実質的に制限されるか否か判断する判断するに際しては、外国企業の潜在的な参入可能性など、その業界に対するグローバル化の影響について十分に検討される必要がある。この点について、独占禁止法への明記化を図る。
(4)企業間の重複投資抑制のため官民共同研究開発プロジェクトを活用
企業間の差別化につながらない研究対象領域(例:半導体の製造プロセスや設計ツールなどに関する研究)については、官民共同の研究開発プロジェクトを推進し、各企業が自社のコア部門に研究開発投資を重点化できるように図る。ただし、こうした措置が、業界再編を抑制する要因にならないよう注意する必要がある。
(5)減価償却期間の適正化
現行の法定耐用年数を実態に合うように見直す。IT関連設備など特に陳腐化のテンポが早まっているものについては、経過措置として直ちに加速度償却制度を導入し、より実態に近づける。
4.競争促進策
低生産性部門の生産性を引き上げるため、規制改革を推し進める。また、公的部門が行うサービス業については、公的部門が自ら行う必要性を改めて問い直し、その必要性が低い業務については民営化や、民間企業への委託を推進する。さらに、国内における競争を促進するため、外資系企業の進出を促す環境整備を図る。
(1)規制緩和の推進と産業強化ビジョンの提示
規制改革推進のためタイムスケジュールリストを作成し、その実施状況を政治主導で管理する。なかでも改革が遅れているものについては、競争促進型規制改革の重点対象とする。
ただし、特定産業に大きな影響をもたらす規制改革については、規制改革を前提とした産業の将来ビジョンを示す。
また、全ての経済的規制を時限性とし、規制を延長する場合には、その根拠を行政側が明らかにする責任を義務付ける「規制サンセット法」を制定し、社会的規制に関しては、基準の明確化・透明化を進め、規制改革着実に推進する。
(2)高コスト体質是正のため公益事業分野における競争を促進
高コスト体質是正のため、公益事業分野など独占的事業者の存在などにより競争原理が働きにくい分野に関して、競争原理が働きやすいような仕組みを導入していく。具体的には、独占的事業者に対して、非対称規制や卸・小売型の事業分離などを図っていく。ただし、その実施については、規制の対象となる企業の経営インセンティブが損なわれ、むしろ効率化に逆行することにならないよう、十分に慎重な検討が必要である。
また、行政サービスについても高コスト体質の見直しが必要である。税金に見合うよう行政サービスを効率化していくとともに、その成果を税率の引き下げという形で国民に還元していく。
こういった高コスト体質の是正のための手段の一つとして、電気等の公共料金や道路・空港・港湾等社会インフラの整備コストと使用料などに削減目標を設定する。
(3)民営化推進とミニマム・サービス確保の両立
公的部門が担うサービス業務の民営化・民間委託を促進する。ただし、地方の過疎地でも最低限のサービス水準が確保できるよう、必要な措置を検討する。
(4)公正な競争確保のため公正取引委員会の機能を強化
公正かつ自由な競争の実現のためには、競争阻害要因の除去を進めることが必要である。しかし、今後、規制改革が推進され、新規参入が増加していけば、新規参入業者の営業が既存業者に不当に妨害されるケースが増えてくることが予想される。こうした状況が放置された場合、規制改革の効果が大きく減殺されることになる。こうした問題に対応するのは公正取引委員会の役割であるが、公取委については、調査を効果的に行うための犯則調査権限がないなどの問題点が指摘されており、そうした点も含め、公取委の機能強化を図る必要がある。
また、中小企業やベンチャー企業は企業体力が弱く、競合する大手企業などから権利を侵害された場合でも、実質的に十分な救済が受けにくい状況にある。そうした点を踏まえ、独占禁止法違反や特許権侵害に基づく差止請求や差止請求が状況に応じて柔軟に認められるよう注視するとともに、侵害行為の発生を抑止するという根本的な観点から、これらの侵害行為に対して懲罰的賠償の導入を検討する。
さらに、ベンチャー企業のなかにも下請企業からスタートする企業も多いことを考えると、親会社による下請事業者の利益侵害を抑制する必要がある。それを目的とした法律として「下請代金支払遅延防止法」があるが、その目的が十分果たされていない実態を踏まえ、その改正を行う。
(5)外資進出促進の環境整備
国内における競争環境を強めるため、外資系企業の進出を促進する。外国から直接投資が増加すれば、それに伴って新たな技術や経営ノウハウがもたらされ、わが国の低生産性部門の効率化につながる。また、外国資本による企業買収などわが国資産の買収の増加についても、外資という買い手が現れることで、価格下落を抑制する効果がある。したがって、外資進出は基本的に歓迎すべきこととして、これを推進する。
外資進出を促進するための最大の方法は、規制改革推進によって外国企業にもビジネスチャンスを提供することである。したがって、まず規制改革を徹底して実施する。加えて、外国企業にとってのビジネス環境、外国人にとっての労働・生活環境の改善を包括的に進めていく*。
こうした改善策の多くは、日本企業や日本人にとってもプラスであり、日本全体の経済力と国民生活水準の向上に資するといえる。
*ビジネス環境の改善策としては、行政手続のワンストップ・サービス化、港湾・空港などの交通アクセス改善などが、労働・生活環境改善策としては、年金協定締結の推進、外国人向け教育インフラの整備などがある。
5.グローバル経済への対応策
世界貿易の中でFTA(Free Trade Agreement 自由貿易協定。2カ国以上の国々の間で,関税や数量制限または商慣行の違いなどの貿易障壁を排除し,国際取引を自由化して単一の経済圏を形成しようとする取り決め)の比重がかつてないほど高まるなかで、FTAを締結しないことによる競争上の不利益が顕在化している。例えば、2000年のEU・メキシコの自由貿易協定締結により、EU製品がメキシコに無税で流入するようになり、平均10%を超える関税が課されるわが国製品と比べ大幅に有利になった。FTAを結ばないことによる不利益を緩和するため、WTO(World Trade Organization 世界貿易機関)による多角的自由化を重視ながらも、環太平洋地域を中心にFTAの締結も積極化していくべきである*。
加えて、FTAを国内の構造改革推進のために活用するとともに、戦略的なFTAの締結によって世界貿易の自由化を促進させる手段としても利用することも検討すべきである。
一方、中国など東アジア諸国を中心に知的所有権侵害によるわが国企業の被害が拡大している。コピー商品による商標権や意匠権の侵害にとどまらず、最近では特許権侵害も増加しており、WTO加盟に伴い知的所有権保護の履行義務が発生したにもかかわらず、事態はほとんど改善されていない。こうした状況に対し、官民挙げてあらゆる手段を通じて状況の改善を図っていく必要がある。
*FTAの経済効果:FTA域内での貿易が拡大し、経済が活性化する。また、別の国とFTAを締結している相手国(例:EUと締結しているメキシコ)の市場で、わが国企業の競争上の不利益が解消される。ただし、FTA締結に伴い、域内国の高コスト品が域外国の低コスト品に取って代わられ、場合によってはマイナスとなる可能性があることも指摘されているが、あくまで例外的事象に過ぎない(表2)。
【表2】FTA参加国によるわが国の実質GDP成長率の変化幅
FTA参加国 %ポイント
日本+シンガポール+韓国 0.14
日本+シンガポール+メキシコ 0.10
日本+シンポール+韓国+ASEAN4+中国 1.02
日本+米国 0.99
日本+中国 0.78
(資料)日本経済研究センター「拡大する自由貿易協定と日本の選択」
(注)1.数値は基準ケースと各ケースにおける累積変化率の乖離幅
2.農業分野を含まない自由化
(1)環太平洋地域FTA戦略
1.環太平洋地域とのFTAを推進
わが国も、環太平洋地域を中心にFTAの締結を推進する。ただし、WTOルールに抵触すると思われるFTAが横行するなかで、わが国は多角的貿易自由化を重視する立場から、あくまでWTOのルールに沿った形でのFTAを目指す。
WTOのルール上、FTAが容認される条件の一つとして、「関税その他の制限的通商規則が…構成地域間における実質上の全ての貿易について廃止される」(GATT24条8項)ことが要求されている。この規定の内容は必ずしも明確ではないが、農業のような主要なセクターを例外扱いしたFTAはWTOのルールと整合的でないとするのがコンセンサスになっている。
確かに、他国間で結ばれたFTAを見ると農業分野で無税化している品目の比率は必ずしも高くはないが、FTAが最恵国待遇の原則を形骸化させる可能性を持つこと、また、これまでわが国が、他国間の協定について上記ルールとの整合性の観点から厳しい意見を表明してきたことなどを踏まえると、わが国がFTAを締結する場合、かかる農業問題の現状を勘案しつつも、GATTが要求する条件に合致したものを目指すべきであろう。
2.産業構造改革推進のためのFTAの戦略的活用
FTA締結にとって農業問題が最大の障害になっている点に鑑み、効率性の向上などを含めて、農業問題に正面から取り組む。むしろ、FTA締結を、農業を始めとする国内の保護主義政策見直しの契機とし、産業構造改革を推進するために活用していく。
3.貿易自由化推進のためのFTAの戦略的活用
農業の自由化進展によって、FTAの締結を通じた戦略的な貿易政策が可能になる。例えば、わが国とある国とのFTA締結によって、第三国のわが国市場における価格競争力が低下するが、こうしたFTAの働きをうまく活用することによって、保護主義に傾きやすい国(第三国)に対し、貿易自由化を進める動機を与えることができる。
4.対アジア通貨戦略へのFTAの活用
東アジア地域については、各国通貨が米ドルとの連動性が高いため、わが国の為替変動リスクをより大きくしており、これがわが国国内の設備投資を抑制する一因にもなっている。一国がドルリンクを維持することによって、通貨バスケット制を採用している周辺国の通貨も、ドルとの連動性が強まるという面がある。
こうした状況を改善するため、FTA締結による経済取引の拡大を推進するとともに、アジア通貨基金への発展を視野に入れて、二国間通貨スワップ協定による通貨協力体制構築を促進することなどを通じて、アジア通貨の米ドルリンクからの離脱を促す。
(2)海外における知的財産権保護の強化
対中経済関係においては、模倣品問題や特許権侵害などによるわが国企業の被害が急速に拡大している点を踏まえ、状況の改善が図られるよう努力していく必要がある。政府としては、WTO加盟に当たって中国政府が約束したことが守られているかどうかを民間と協力しながら監視し、不十分な点については、WTOにおけるレビューや日中二国間交渉において是正を求めていく必要がある。その際、利害の共通する欧米との協調が不可欠である。
技術面で発展途上にある中国には、知的所有権の保護を強化しようとするインセンティブは生じにくいため、わが国としては、ODAを始めあらゆる材料を活用しながら、官民協力して根気強く取り組んでいく必要がある。
10年後の日本経済のビジョン
1.概 況 〜閉塞状況を飛躍条件に転化〜
今後、わが国経済の将来性についての危機意識が、上記改革を推進するエネルギーに転化する。また、民間企業のなかにも危機感が強まり、それが経営力や技術力の強化へのバネとして働くようになる。また、改革の進展でビジネスチャンスは実際に拡大し、国民のなかにも、変化を危機としてではなく、チャンスと捉える機運が強まる。
その結果、ベンチャー企業を始めとして新規開業が増加するほか、既存企業においても研究開発投資意欲が高まるなど、企業活動全般に活性化の動きが生じ始める。また、低生産性部門では、規制改革に伴う企業間競争の激化、新しい技術、経営ノウハウの導入によって、生産性上昇率が徐々に切り上がっていく。
一方、企業活動の活性化によって新たな商品・サービスを生み出す力が強まり、経済全体としての需要創出力も高まっていく。また、企業活動の活性化によって、研究開発投資を始めとする設備投資もトレンドとして活性化していく。
企業活動の活性化が、一方では供給能力を高め、他方では需要を喚起しながら、わが国経済は安定成長過程をたどり始める。
産業再生による経済活性化策のパフォーマンスを労働生産性の上昇率で見た場合、上記の改革が一気に実施されることによって短期間で効果が顕在化すると見込まれ、10年後*には労働生産性の上昇率にはっきりと現れるようになる(図1)。
*米国では80年代前半からレーガン政権下で規制改革が進められたが、鈍化傾向にあった労働生産性の増勢が強まったのは93年以降(図2)。その意味で、規制改革の効果が現れるまでに、10年程度かかったことになる。
【図1】わが国の労働生産性上昇率 【図2】米国の労働生産性上昇率
2.産業の姿 〜企業の新陳代謝と生産性向上が同時進展〜
(1)先端分野産業の開花
10年後には、ナノテク、バイオ、環境・エネルギー関連産業など先端分野で実用化・商用化が急速に拡大する。欧米企業との厳しい競争は続くものの、ナノテク分野などを中心に、わが国がリードする分野も徐々に明確になってくる。
こうしたなか、実用化の進展に伴い企業の研究開発投資が一段と活性化するとともに、その量産化のための設備投資も出てくる。先端分野産業の展望が広がることによって、わが国の期待成長率も高まり、産業全体での設備投資も増勢が強まる。
(2)ベンチャー企業設立の増加と企業の新陳代謝加速
大企業スピンアウト型や大学発型のベンチャー企業の設立が増加する。デスバレーを克服できずに行き詰まるベンチャー企業も多いなかで、業容を急速に拡大するものも増加する。
(3)企業再編が進展
産業再編政策の推進も手伝って、半導体産業や素材産業を中心に事業統合などの企業再編が進展する。その結果、世界のトップクラスの企業と対等に競争できるだけの効率性、企業体力、研究開発体制を備えた企業が生まれる。これは、わが国産業の競争力を確保する点で大いに寄与する。
(4)製造業の高付加価値化が進展
労働集約的な低付加価値製品では、輸入拡大から国内の生産の減少が続くものの、自動車産業などがその地位を持続するほか、上記先端分野の産業シェアも上昇に弾みがつく。低付加価値製造業の衰退と高付加価値製造業の伸張に伴い、製造業全体としての高付加価値化が進展する。
(5)非製造業の生産性向上
生産性改善余地が高かった非製造業では、規制改革による競争促進効果に加え、IT、バイオ、エネルギーなど先端技術の活用が非製造業でも進む結果、生産性上昇率が大きく高まる。20年程度で3割の日米生産性格差が埋められるペースでの伸びは十分に可能である。
3.労働市場の姿
〜雇用の多様化と流動化が進む一方、職業教育ニーズが増加〜
(1)非製造業の雇用シェアの拡大が続く
産業再生によって生産性上昇テンポが加速するため、国民の実質所得水準の向上も続く。人口は緩やかな減少基調をたどるものの、女性や高齢者に働きやすい環境整備が進むことから就業率が上昇するため、経済成長の抑制要因となることは当面回避される。
実質所得水準の上昇に伴い、教養・娯楽などへの支出は着実に増加する。高齢化の進展による医療・福祉サービスの需要増加、雇用流動化や知識社会の進展に伴う職業教育需要の拡大なども加わり、非製造業の就業者数は増加が続く。一方で、製造業では減少となる。
(2)雇用形態の多様化と雇用の流動化が進展
グローバル化、IT化に伴い産業構造の急激な変化が続くことから、企業の新陳代謝が強まり、産業間、企業間の労働力移動は活発化する。また、長期雇用を前提とした年功序列的な賃金体系も薄れることから、転職に伴う不利益が小さくなり、このことも雇用の流動化を促進する要因になっていく。
しかし、労働者の能力開発促進や再就職支援システムのレベルアップによって雇用のマッチング機能は向上し、他方、産業再生による雇用創出効果も顕在化していくため、就業機会は拡大していくことが見込まれる。この結果、失業リスクに起因する将来不安は緩和され、人々が安心して能力を発揮できる社会が到来する。
また、託児所など女性の社会進出を応援するインフラの整備が進み、女性の就業率が上昇する。加えて、定年を迎えた従業員を引き続き活用したいとする企業も増えることから、高齢者についても就業率が上昇する。ただし、育児を抱えた女性や体力の衰えた高齢者の場合、必ずしもフルタイムで働くことを選好しないことから、全体として柔軟性の高い勤務形態で働くことを希望する人がさらに増加していく。また、自己の専門職能をもとにインディペンデント・コントラクターという就業形態を選ぶ人も増加する。
一方、企業側では、経費を削減したり経営に柔軟性を持たせたりするために、パートや派遣労働者の利用を拡大させるとともに、コア以外の業務のアウトソーシングを進める。
このような雇用形態の多様化は、個々人にとってライフスタイルの選択の幅が広がるという点で、望ましいことと考えられる。
4.国際貿易・投資の姿 〜アジア地域との共存関係が進展〜
(1)中国との貿易関係
中国の経済発展が持続し、量産品分野、なかでもモジュール化が進んだ製品分野では、世界の工場としての地位をますます強めていく。わが国においては、そのような製品分野では輸入の増加が続き、衰退傾向が強まっていくものの、すり合わせ技術が要求される自動車に加え、生産財や資本財などの対中輸出が増加する。輸出増加には、ナノテク製品など先端技術を活用した製品の貢献度も高まる。
(2)環太平洋FTAが、農業分野の自由化進展によって実現
農業分野の自由化進展により、韓国などアジア諸国を始め、メキシコ、オーストラリアなど環太平洋地域の国々ともFTA条約締結が実現する。
こうした貿易障壁の撤廃が、わが国の経済成長に概ねプラスに寄与するとともに、すでに他国とFTA協定を結んでいた国とFTA協定を締結することによって、相手国の国内市場における競争上の不利益は解消する。
また、オーストラリア等とFTA協定を結ぶことで、わが国農産物市場における米国の競争力が低下する。これを材料に、米国とのFTA締結を働きかけるとともに、米国が多角的貿易自由化を進めるモメンタムとし、最終的に米国市場の閉鎖性の改善を迫る。
(3)二国間通貨スワップ協定からアジア通貨基金実現へ
東アジア域内における二国間通貨スワップ協定がアジア通貨基金制度へと発展し、域内の通貨協力体制が強化される。これは、FTA締結による域内貿易の拡大とあいまって、東アジア経済の一体化を促進する要因となる。
こうした動きを背景に、米ドルとの連動性を採用していた国々は変動相場制や通貨バスケット連動制へ移行し、わが国にとって為替変動リスクの低下要因となる。
中国については、経済の一段の発展に伴い、資本の自由化に動き始める。資本を自由化したあとも、米ドル連動性を維持することは実質的に難しいことから、さらなる資本の自由化の過程で変動相場制に移行する圧力が強まる。
(4)対内直接投資が増加
国内の規制改革の推進によって、国内に新たなビジネスチャンスが急増する。規制改革の対象となる業種は、これまで競争メカニズムが作用しなかったことから、米国など他の国々と比べ、ビジネスモデルやノウハウで大きく劣後している。その結果、外国のビジネスモデルやノウハウをわが国に移植することで市場確保を狙う動きが強まり、外資系企業自身がわが国へ進出するケースも急速に増えてくる。
こうした動きは、マクロの経済指標にも反映していく。対内直接投資の対GDP比率は、2001年度の0.2%台から10年程度で1%程度にまで上昇する(図3)。それに伴い、わが国の非効率産業の生産性改善に寄与するようになる。
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