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1999/08/12
言論を封じ、投票権まで奪う「数の暴力」/攻防28時間の末、組織犯罪対策3法、住民基本台帳法改正案が参議院で成立
 捜査機関に電話などの盗聴を認める通信傍受(盗聴)法案を含む組織犯罪対策3法案が、民主党・新緑風会など野党の2日がかりの懸命な攻防に関わらず、12日の参議院本会議でついに可決、成立した。

 また、国民総背番号への道を開く住民基本台帳法改正案も12日夜、委員会審議と国会の伝統を無視した自自公のごり押しで、中間報告を委員長に強要し、直接、本会議で可決、成立という異例の事態に。

 少数野党というハンディの中での、2日間の攻防の様子をドキュメントでお送りする。

■野党の闘志に火をつけた女性議員たち
 円、千葉両議員が長時間演説〜自民のセクハラヤジで一時中断も

 参議院本会議は11日午後5時から始まり、まず民主党・新緑風会(以下民主党)と共産、社民両党から、9日の荒木清寛参院法務委員長の解任決議案が突き付けられ、審議が始まった。

 趣旨説明で壇上に立った法務委理事の円より子議員は言葉を切り、ゆっくりと発言を始めると、いきなり与党席からやじの嵐。これにひるむことなく、円議員は法務委員会のやりとりを再現しながら、採決そのものが存在しないことを主張。説明は約1時間たっても続いた。

 円議員が「公明の委員長はよくやっていたのに、自民党とくっついてこんな結果になった。本心を裏切っての強行採決に、日夜悩んだに違いなく、同情を禁じ得ない」と言及すると、自民党の保坂三蔵議員(通産政務次官)が「あんたも離婚しているんじゃないか」とヤジを飛ばしたため、野党の女性議員たちが一斉に席を立って「セクハラだ。女性蔑視だ」と抗議の声を上げ、場内は騒然。

 そのため斎藤議長休憩を宣言する異例の事態となり、民主・共産・社民の女性議員が緊急記者会見を開いて「離婚を侮辱的に言うのは常識はずれだ」(笹野貞子議員)など、自民党側を批判する一幕に発展した。中断は1時間近くに及び、斎藤十朗議長が「議運委理事会で精査の上適切に措置する」とあいまいなとりなしで場を収めて再開したが、円議員は「与党の方は離婚に対して大変ひどい差別感と偏見を持っている」と逆襲して、さらに趣旨説明を続け、ついに演説は休憩をはさみ約2時間15分におよんだ。

 この円議員の渾身の演説が、賛成討論に立った女性議員たちに火をつけ、それぞれがセクハラ発言への抗議をまくらに、千葉景子議員が65分、吉川春子議員(共産)が45分、福島瑞穂議員(社民)が75分と、それぞれ大演説を繰り広げた。

 千葉議員は、「国民主権から国家管理への逆戻りは、20世紀の民主主義を2000年から1900年に逆戻りさせる『民主主義の2000年問題』」と盗聴法や自自公翼賛体制への懸念を述べ、荒木委員長の行為を「人権と法秩序の維持を使命とする法務委員長としてあってはならない行為」と批判した。

 女性4議員の演説は開会からついに約6時間になり、斎藤議長は延会を宣言。本会議は日をまたいで12日に突入した。審議をずっと見守っていた菅代表と羽田幹事長も「見事な戦いに感激している。残り48時間絶対にあきらめないでがんばってほしい」と参院議員総会で激励。他に鳩山幹事長代理など多くの衆議院議員が傍聴席から、参議院での懸命な戦いを夜通し見守った。


■議長が投票時間を制限
 投票できない野党議員も

 野党側は、再開後行われた法務委員長解任決議案の採決で、ゆっくりとした歩みで投票を行う「牛歩」を始めた。民主党では「それぞれ自分の思いでご自由に歩幅を決めて下さい」(国対幹部)との指示で、各議員が氏名点呼を受けて演壇に歩き始めたが、その足取りは次第にゆっくりに。

 ところが投票開始後約55分が経過したとき、斎藤議長は突如投票時間の制限を宣言。5分後に打ち切りを指示し、投票を終えていない社民党の多くの議員の目の前で投票箱を閉鎖。野党側は演壇に駆け寄り強く抗議したが、受け入れられなかった。


■小渕首相問責決議案で熱弁=本岡議員会長、角田参院幹事長
 発言時間まで奪う自自公

 民主党が「言論の府にふさわしい戦いを」と仕掛けた長時間演説に対し、業を煮やした自自公側は発言時間を10分に制限する動議を提出。午前2時5分、民主党など野党が提出した小渕首相に対する問責決議案が議題になる前に、まずこの動議が採決され、野党側の反対にかかわらず可決された。

 しかし趣旨説明に立った本岡昭次参議院会長は、制限を大幅に超える30分近い弁論を展開。議長の制止を振り切り、この1年間の小渕首相の失政を数え上げ、「ひたすら政権の枠組みいじりに固執してきた。追求してきたのは一貫して数の論理であり、政策も理念も道義も責任も隠れてしまっている」と強く非難した。

 賛成討論に立った角田義一参院幹事長は原稿なしのアドリブで演説。「同じ上州人として、同じ世代のものとして、間違いなく日本の舵取りをやってもらいたいと「う心情をもっていたが、最近のあなたの政治行動は、上州でおぶっつあんと親しまれている小渕恵三の本当の姿なのか」などと、ヤジを飛ばす与党席を時折叱りつけながら切々と訴えた。

 この後投票が行われたが、約1時間で投票箱はまたしても閉じられ、一部の議員が投票できないまま、決議案は賛成77票、反対140票で否決された。

 次に民主党など野党は、岡野裕議院運営委員長解任決議案を日程に追加する動議を提出し、ただちに採決が行われたが、55分でまた投票が打ち切られ、賛成71票、反対138票で否決された。ここで午前6時16分、斎藤議長は休憩を宣告した。


■「時間制限なしで言論で勝負しよう」
   江田、斎藤議員が主張=斎藤議長不信任案

 本会議は午前7時30分から再開され、今度は民主党など野党が提出した斎藤十朗議長に対する不信任決議案が議題とされた。この不信任案は事前に用意されたものではなく、議長が発言・討論時間の制限と、議長の議事整理権と称し、強引に投票行動を制限し、採決を途中で打ち切ったことから、休憩中に急遽提出された。

 民主党からは江田五月議員が登壇し、簡単なメモを見ながらのアドリブで「議長の今回の議事運営は与党の言いなりで残念」「自分と反対の意見に対してこそ寛容の気持ちが示されるのが民主主義」「時間制限なしで言論で勝負をしよう。身体の限り訴えて、そのかわり採決は押しボタンでもいい」と主張した。

 賛成討論に立った齋藤勁議員は「今回の議長の行為は、なりふり構わず突き進む自自公路線にくみしたもので、議長としての公正、公平な職分、権限を亡失したもの」と少数会派をないがしろにした議院運営を批判した。

 この採決は菅野久光副議長が議長席に着いたため、比較的スムーズに進み、全議員
が投票。賛成92票、反対139票で決議案は否決された。


■ついに盗聴法案が採決に
 「歴史が裁く」小川敏夫議員が反対討論

 野党側の決議案、動議の連発に耐えきれなくなった与党側はここでとうとう「組織犯罪対策3法案を直ちに議題とすることの動議」が提出され、ただちに採決が行われた。野党側はまた牛歩を開始したが、約1時間後に議長はまた投票を打ち切り、反対68票、賛成138票で、動議が可決された。

 これを受けて、強行採決をした荒木法務委員長が登壇し委員長報告を行ったものの、野党側の激しい怒号で発言はしばしば聞き取れなかった。

 法務委員会の採決は存在しないとする民主党など野党側はこれに対し、「3案を法務委員会に再付託する動議」を提出。この本会議で7度目の採決が行われた結果、賛成95票、反対139票で否決された。

 3法案に対する討論は午前11時33分から始まり、民主党からは小川敏夫議員が壇上に。小川議員は冒頭、法務委員会で「委員長席の前に確認のために駆け付けたところ、法務委員ではない自民党の議員が数名で私の身体に飛びつき、委員としての職務の執行を不可能にした」と、その暴力行為を厳しく指弾。「動議の採決の事実、法案の採決の事実はない。あるという荒木委員長の報告は事実に反する。これが採決として認められ、法案が成立するならば、歴史がこれを裁くことになる」と強い口調で訴えた。

 小川議員は「通信傍受は憲法21条で保障された通信の秘密を犯罪の捜査という公共の福祉によって制限されるものだが、秘密の制限は必要最小限でなくてはならない」として、携帯電話の傍受ができないなど実効性の乏しい法律では、通信の秘密に政策を加えるだけの合理的必要性に欠けると主張。また、秘密の制約を最小化したりし、捜査官の乱用を防止する制度的保障などが足りないことを指摘し、「令状による事前審査だけでは足りず、事後的なチェック機能が絶対に必要」と強調した。

 最後に小川議員は、「近い将来これを成立させた国会に批判の目が向けられるだろう。私たちは真摯に反対したことを誇りとする」と述べ、討論を終え、野党席から盛大な拍手が送られた。

 各会派の討論後、採決に入り、民主党議員団は20分あまりを要した木俣佳丈議員を先頭に、これまで最大の時間を要して投票。これまで投票を再三打ち切ってきた斎藤議長もさすがに法案への賛否まで止めることもできず、投票時間は1時間25分に及んだ。しかし、懸命の抵抗もむなしく、組織犯罪対策3法案は反対99票、賛成142票をもって、可決・成立した。この瞬間、野党席の議員は一斉に立ち上がり、こぶしを振り上げて、憤りを表した。


【牛歩は言論を奪われた最後の抵抗手段】

 ところで、投票の際の牛歩戦術は、7年前の「PKO国会」で当時の社会党などが批判を浴びた方法で、この本会議での民主党の対応を報じたマスコミにも、これを揶揄したものが少なくなかった。

 これについて、採決後、本岡参議院議員会長は、「最後は法案を何としても体を張ってでも阻止したいというひとりひとりの気持ちが歩幅になってあらわれ、一致した行動に結集した。党として押し付けたものではない」と、あくまでも各議員の自発的な意志で行われたものだと説明。最初は牛歩に消極的だった議員も、冒頭の女性議員たちの長時間演説に、「何かやらねば」と闘志をかき立てられたようだ。

 また参議院の審議を見守ってきた菅代表も、記者団の質問に答え「長時間演説などの言論を武器に闘おうとしたが、与党はその時間すら奪ってしまった。それに対抗するにはやむをえない行動だった。国民にも理解される」と批判に答えた。また盗聴法成立について、菅代表は「多勢に無勢でこういう結果になって残念だが、今後の衆院選での与野党逆転につなげて、政権を取ったら廃止なり大幅な改正をめざしていく」と語った。


■住民基本台帳法の採決ねらい
  自自公が異例の「中間報告」を強要
「どこに緊急性があるのか」高嶋議員が抗議

 参議院本会議は約1時間30分の休憩後、午後3時37分から再開され、まず民主党など野党3会派が提出した「野田毅自治大臣問責決議案を議事日程に追加する動議」が採決に付された。

 ところがこの休憩中に、高齢議員の多い自民党側から「これ以上の長時間審議は勘弁してほしい」との泣きが入り、野党側でも「がんばれるところまでがんばったがもう体力の限界」との声が出たことから、この後の牛歩戦術は見送られ、記名採決はスムーズに行われた。採決の結果、問責決議案の審議入りは否決され、続いて与党側から、「住民基本台帳法の一部改正案について、委員長の中間報告を求めることの動議」を議題とすることの動議が出された。

 これは、法案を審議している参院の地方行政・警察委員会の委員長を、民主党の小山峰男議員がつとめているため、法務委のような強行な採決は難しいと判断した自自公側が、国会法の第56条の3で「委員会の審査中の案件について特に必要があるときは中間報告を求めることができる」との規定を持ち出したもの。中間報告後、強引に本会議で採決することを狙ったものだが、国会では「委員会の形骸化を招く」として控えられてきた手法だ。

 動議は採決の結果、自自公の多数で可決。これを受けて、次に中間報告を求めることの動議を議題に与野党の討論が行われた。

 民主党から討論に立った地方行政・警察委員の高嶋良充議員は、3年後から施行される法律がなぜ「議院が特に緊急を要すると認めたとき」との規定に該当するのかと疑問を呈し、「委員会の審議権を侵害することは絶対に容認できない。本会議でもし直接審議、採決が行われるならば、それは議会制民主主義を自ら否定することで、自殺行為だ」と最大級の厳しい言葉で強硬に反対した。しかし、動議はまたしても自自公の多数で可決され、中間報告が行われることになった。


■「理不尽きわまりない!」
小山峰男委員長、静かな怒りこめ「中間報告」

 休憩後、地方行政・警察委員長の小山峰男議員が登壇。沈痛な表情で淡々と中間報告を始めたが、その語調は次第に静かな怒りを帯びていった

 小山議員は「法案の審議に委員会中心主義を貫き、実質的な審議を深めてこれたのは偉大な諸先輩が築いた伝統と努力の賜物。そのよき伝統をいとも簡単に踏みにじる理不尽きわまりない中間報告だ」と述べ、さまざまな方法で行われたこれまでの同委員会の充実した審議の様子を報告。続けて小山議員は「与党と公明党が強引に引き起こした法務委員会における強行採決により、国会が異常事態となり、審議時間が奪われた」と与党の責任に言及。さらに「国会法56条の3は、野党による物理的な抵抗やサボタージュなどによって審議が停滞、中断したような極めて不正常な事態に発動されるべきもので、粛々と各委員が真摯に精力的に質疑を続けてきた矢先にこのような中間報告を強制することは、良識の府である参議院の行うべきことではない」と、最後は強い怒りを込めて抗議し、報告を終えた。


■「なぜ委員会から議案取り上げる?」
藤井議員が熱弁

 この後、今度は自自公側から「法律案を議院の会議において直ちに審議することの動議」が提出され、これに対する討論が行われた。

 地方行政・警察委員の藤井俊男議員が民主党を代表して反対討論に立ち、「他のどの委員会にも負けない精力的な審査を行ってきた結果、さまざまな問題点が浮かび上がってきた。こうした問題点・疑問点はまだ解決されないまま、委員会から議案を取り上げ、緊急に採決しなければ国民が重大な被害を被る事態にあるのか、とうてい認識できない」と述べ、国民が納得のいく委員会審議を尽くすべきと主張した。この後、記名採決の結果、動議は可決され、とうとう法案の審議が本会議で行われることになった。


■住基法改正案が可決
「政府の導入意図に疑惑と不信」〜山下議員が反対討論

 法案への賛否を表明する討論には、民主党から地方行政・警察委員の山下八洲夫議員が立った。

 山下議員は、「住民番号コードは、基礎年金番号也運転免許証の番号など行政分野ごとの限定番号とは異なり、一人の個人がもつあらゆる情報にスどりつく検索ナンバー、マスターキーともなりうる共通番号。利用分野が次々拡大されて、将来国民総背番号制の基礎コードとして利用されるとの強い疑念と警戒があり、住民基本台帳ネットワークの導入を図るのは時期尚早」と反対を主張。

 その上で、山下議員は理由として、1.個人のプライバシー保護にかかる法制度が不備 2.法案自体の個人情報保護措置が不十分=目的外使用の処罰規定、使用情報の消去規定、国民の中止請求権がないなど 3.国民の利便性の向上や行政の簡素化、効率化と利用分野の限定の関連が明確ではない=政府はプライバシー侵害の危惧には利用分野の限定を強調し、効率や利便性を求める意見には将来の利用分野拡大を示唆するように使い分け。導入の意図に疑惑と不信がある 4.ICカード発行の問題=事実上所持を強制する危険性がある――を列挙した。

 その上で、山下議員は、個人情報保護の法整備を優先させ、住民基本台帳法案はいったん廃案にし、やり直すべきと強調し、討論を終えた。

 各会派の討論後、採決に入り、住民基本台帳法改正案は賛成146票、反対93票で可決、成立した。


■陣内法相問責決議案
「法相は職務怠慢、適正欠如」〜簗瀬、櫻井両議員・最後まで熱弁ふるう

 最後の議題として、民主党など3党は陣内孝雄法務大臣の問責決議案を提出。簗瀬進議員が趣旨説明に立ち、「組織犯罪対策3法案」「入国管理及び難民認定法改正案」「則定全東京高検検事長の処分」「公安調査庁の選挙情報提供疑惑」「司法制度改革」「定期借家権導入の議員立法」「少年法改正」と、7点もの法相の指導力不足や疑惑解明での職務怠慢などの罪状を列挙。「法秩序を守り人権を擁護する法務大臣の適正・資質に欠けており、国民は被害を被っている」と解任を求めた。

 また賛成討論に立った櫻井充議員は、「問責決議に賛成する最大の理由は、盗聴法のような欠陥法案を提出し、成立させたことにある」と憤りを隠さなかった。さらに「委員会審議での答弁やテレビでの発言をきくと、陣内法相は法案を十分に理解していない」として、「委員会での答弁はほとんど法務省の官僚任せで、たまに自分で答弁するときも官僚の作った答弁書を読むことが多い」として、法務委員会での櫻井議員とのやりとりを再現し、質問の意味も法案の内容も理解できない陣内法相の無能さを指摘。しかし決議案は採決の結果、賛成少数で否決された。

 11日午後5時5分に開会した参議院本会議は28時間余りの日程を終え、午後9時32分散会した。
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