ただいま議題となりました戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案につ きまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
今次の大戦後すでに半世紀を超え、21世紀も目前となりました。しかしながら、我が国が過去、侵略行為や植民地支配により多大の苦しみを与えたアジア近隣諸国において、これらの地域の人々が我が国に抱いている不信感や不安感は依然として根強いものがあります。その原因の一つに「慰安婦」問題があります。いわゆる「慰安婦」は、今次の大戦において、日本の軍や官憲などの甘言、強圧等により本人の意思に反して集められ、日本軍の慰安所等で将兵に性奴隷的苦役を強要され、女性の名誉と尊厳が深く傷つけられた未成年を含むアジアの女性たちのことであります。
戦後、「慰安婦」が社会的な問題として意識されるようになったのは、1990年6月の参議院予算委員会において、その実態の調査を政府に迫ったことに始まります。当初、政府は「民間の業者によるものであり、国は関与していないので実態を調査することは不可能」との立場でしたが、これは韓国などの被害者の強い反発を招きました。その後、政府は調査を行い、千九百九十三年八月、初めて「慰安婦」問題への軍の関与を認め、お詫びと反省の気持ちを表しました。しかし、被害者に対する国家補償については、サンフランシスコ条約や二国間条約で解決済みであるとして拒否しました。
また、国際連合においても「慰安婦」問題は、1992年2月の人権委員会で初めて取り上げられて以来、世界人権会議、世界女性会議等で大きな問題として議論されてきました。特に、人権委員会が「女性に対する暴力に関する特別報告者」として任命したクマラスワミ女史は、関係諸国を調査し、1996年1月、人権委員会に報告書を提出しましたが、その中で「慰安婦」は軍事的性奴隷であったとし、被害 者に対する国家補償や関係資料の公開などを日本政府に勧告しています。
政府は、この報告についても、「慰安婦」問題は法的には解決済みであり、報告の拒否を求める立場で人権委員会にのぞみました。しかし、1996年4月の人権委員会では、日本政府を支持する発言はなく、採択された「女性に対する暴力撤廃」決議においてこの報告を「テークノートする」こととされました。
これを踏まえ、1998年8月差別防止少数者保護小委員会の「戦時奴隷制に関する特別報告者」のゲイ・マクドゥーガル女史は、戦時性奴隷等に関する報告書で「慰安婦」問題をさらに厳しく批判し、その根拠とする法的問題の研究を深め、日本政府に対して国家補償を求めました。
さらに、国際労働機関の条約勧告適用専門家委員会も、「慰安婦」は強制労働を禁止 した国際労働機関二十九号条約に違反しており、日本政府が国家補償を行うよう希望 する旨の報告を行っています。
ところが、政府は、「慰安婦」問題については国民参加の道を探求するとし、1995年7月、民間団体である「女性のためのアジア平和国民基金」を設立し、国民の募金による見舞金の支給で国の法的責任を回避しようとしてきました。しかし、この見舞金は、各国で多数の被害者から受け取りを拒否され、拠金者にも納得のいく説明ができない事態が続いています。
現在国内で元「慰安婦」を原告とする裁判が8件行われております(韓国2件、在日韓国人、フィリピン、オランダ、中国2件、台湾。内4件が地裁で判決)。最初の判決が1998年4月に山口地裁下関支部で出され、「慰安婦」制度は当時の国際条約に違反する疑いが濃く、「20世紀半ばの文明水準に照らしても極めて反人道的かつ醜悪な行為」であり、日本国憲法の根本原理を侵す「根源的人権問題」であると認定しています。判決は「特別の賠償立法」を早期にすべきであった国と国会の立法不作為を指摘し、早急な立法を求める厳しい内容でした。その後の判決も、個人請求権は認めていませんが、被害事実を認定する傾向にあります。被害事実を国も裁判所も認めておきながら、加害国政府が何もしないというわけにはいきません。
また、この問題を早急に解決せよという声は各国でも高まってきております。韓国政府は、1998年4月に「女性のためのアジア平和国民基金」の「償い金」を拒否する元「慰安婦」被害者に対して一人当たり約300万円の支援金を支給すると同時に外交通商省を通して「日本は第二次大戦中に日本軍によって行われた反人道的な行為に対し、心から反省し、その上で謝罪すべきである」との声明を発表しています。また同年10月に来日された金大中大統領は、”「国民基金」のお金は、ことの本質のすり替え”と指摘し、”「慰安婦」問題は日本政府の責任”であり、”世界が納得できる形で解決されるべきだ”と述べておられます。
台湾の当局も1997年12月に台湾の元「慰安婦」被害者に「立替支給」の形で一人当たり約200万円を先行支給し、日本政府に謝罪と国家補償を求める立場を繰り返し、表明しています。
昨年3月、フィリピン議会下院の市民的・政治的権利及び人権に関する委員会で「第二次大戦中の性的奴隷又は『慰安婦』の女性被害者の正義の要求を満たすための戦後補償法案の制定を求める国際的な声を支持する決議」が採択されています。八月には米国カリフォルニア州議会上下院で「慰安婦」を含む日本軍による戦争犯罪の被害者に対し、明確な謝罪と賠償を行うことを求めた決議が採択されています。現在米国連邦議会にも同趣旨の決議が提案され、この問題について議員が早期解決を求める発言を議会で行っています。
さらに本年一月十二日には香港の議会にあたる香港立法会おいて全会一致で日本政府に「慰安婦」を含む被害者への公式謝罪と賠償を求める決議が採択されています。「慰安婦」問題では、千九百九十年以来多くの議員が本会議や委員会で質問し、1996年6月には参議院に「戦時性的強制被害者問題調査会設置法案」が超党派の議員立法として提出されましたが、審議未了で廃案になっています。日本政府は「補償問題はサンフランシスコ平和条約と各国との二国間協定で最終的かつ完全に解決済み」との答弁を繰り返すのみで、何らの対応もとっていません。昨年十一月に東京で開かれた日韓・韓日議員連盟の第二十六回合同総会で採択された共同声明でも「慰安婦」問題の早期解決が合意されております。
日本が引き起こした戦争の被害者が多数生きておられ、被害者個人との補償問題が「完全かつ最終的に決着」していないことは、明らかであります。
日本国憲法前文は、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」と我が国の進路を示しています。この憲法の理念を踏まえ、アジアに生きる日本国民のために、「慰安婦」問題を早急に解決する必要があるとの考えにより、このたび本法律案を提出した次第であります。
本法律案は、今日、「女性のためのアジア平和国民基金」の事業が行き詰まりを見せる中で、問題解決のためには国の責任において措置を講ずることが不可決であるとの認識の下に、「慰安婦」問題の解決に対する我が国の姿勢を明らかにするとともに、その解決のための基本的な枠組み及び道筋について規定するものであります。なお、具体的な措置につきましては、関係国等との協議を経て、決定し、実施することとなっております。
次に、本法律案の内容の概要につきまして御説明申し上げます。
第一に、この法律は、今次の大戦及びそれに至る一連の事変等に係る時期において、旧陸海軍の関与の下に、女性に対して組織的かつ継続的な性的な行為の強制が行われ、これによりそれらの女性の尊厳と名誉が著しく害された事実を踏まえ、そのような事実について謝罪の意を表し及びそれらの女性の名誉等の回復に資するための措置を我が国の責任において講ずることが緊要な課題となっていることにかんがみ、これに対処するために必要な基本的事項を定めることにより、戦時性的強制被害者に係る問題の解決の促進を図り、もって関係諸国民と我が国民との信頼関係の醸成及び我が国の国際社会における名誉ある地位の保持に資することを目的としております。なお、「慰安婦」という言葉は、被害者が受けた被害の実態を反映していないので、 本法律案におきましては、これに代わるものとして「戦時性的強制被害者」という言 葉を用いることとしております。
第二に、政府は、できるだけ速やかに、かつ、確実に、戦時における性的強制により 戦時性的強制被害者の尊厳と名誉が害された事実について謝罪の意を表し及びその名 誉等の回復に資するために、金銭の支給を含め、必要な措置を講ずるものとすること としております。
第三に、政府は、戦時性的強制被害者問題の解決の促進を図るための施策に関する基 本方針を定めなければならないこととしております。また、政府は、基本方針を定 め、又は変更したときは、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない こととしております。
第四に、政府は、第二の措置を講ずるに当たっては、条約等との関係に留意しつつ、関係国の政府等と協議等を行い、その理解と協力の下に、これを行うよう配慮するものとするとともに、国民の理解を得るよう努めるものとすることとしております。また、政府は、第二の措置を実施するに当たっては、戦時性的強制被害者の意向に留意するとともに、その人権に十分に配慮しなければならないこととしております。
第五に、政府は、戦時性的強制被害者問題の解決の促進を図るため必要な財政上又は 法制上の措置その他の措置を講ずるものとすることとしております。
第六に、政府は、毎年、国会に、戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関して講じ た施策及び第三の基本方針に定める実態調査により判明した事実について報告すると ともに、その概要を公表しなければならないこととしております。
第七に、総理府に、戦時性的強制被害者問題の解決の促進を図るための施策に関し審 議・調整・実施の推進等の事務をつかさどる特別の機関として、戦時性的強制被害者 問題解決促進会議を置くこととしております。
なお、この法律は、公布の日から起算して一月を超えない範囲内において政令で定め る日から施行することとし、施行の日から起算して10年を経過した日にその効力を失 うこととしております。
以上が、本法律案の提案理由及び内容の概要でございます。
何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同くださいますようお願い申し上げます。
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