民主党
T はじめに
1 科学技術で世界をリードする 〜わが国の科学技術政策の目指すもの〜
世界の産業と、その基盤となる科学技術開発は、世界的な大競争の時代に突入している。特に近年は、いち早く新しい発想や発見、技術を見出し、その応用と産業化に成功したものが、その果実を独占するようになりつつある。
わが国は20世紀、既存技術の改良・応用を中心に、いわゆるキャッチアップ型の技術開発で消費者の求める目標を実現することにより、製造業の強い競争力を生み出し、成功してきた。しかし、この十年あまり、日本は、情報通信・バイオテクノロジーなど、時代を牽引する科学技術において、欧米の後塵を拝してきた。このことが示すのは、21世紀においては、そこから新たな価値、新たな目標が生み出されるような独創的・先見的な技術を開発しなければ、国際的な競争に勝ち残れないということである。
残念ながら、このような独創的研究開発、特にそれを支える基礎研究において、わが国は一部の例外を除き大きく立ち遅れている。さらに、せっかくの基礎研究の成果もその多くが応用へと結びつかず、わが国の産業競争力の低下に拍車をかけている。これは、わが国の科学技術、特に基礎研究の敗北といわざるを得ない。
従って今後の科学技術政策を展望するとき、わが国に必要なのは、キャッチアップ型技術開発からの脱却であり、独創的・先見的な研究開発成果を生み出し、産業化して世界の科学技術を牽引することを目指した、明確な政策転換と戦略である。21世紀のわが国がめざすべきは、単なる科学技術によって成り立つ国すなわち「科学技術(創造)立国」などではなく、「科学技術で世界をリードする国」でなければならないのである。
2 科学技術政策の本質は「人」の育成である
これまで日本の高い産業技術を支えてきたのは、国民の高い教育水準と、古来より継承されてきた職人的技術力の高さであった。しかし今、わが国では子供たちの間に理数科離れが進行し、職人的技術者は産業の空洞化や後継者難に悩んでいる。加えて、独創的・革命的な研究開発成果の多くは、特に30代前後の若い世代の研究者によって生み出されるが、わが国では、こうした若手の研究者の活躍が決定的に不足している。これらの事象は、近い将来、日本の科学技術力が根底から崩壊する危険性を示唆している。
極論すれば、科学技術政策とは巨大な実験施設をつくることでも、さらには特許などの知的資産の生産そのものでもなく、技術を生み出し活用する「人」を、いかに育てていくかにある。今後の科学技術政策の立案と執行においては、科学技術への投資とは人への投資であることを、より明確に位置付け、いかにこれら科学と技術を担う「人」を育てていくかを考えることが重要である。
U 新たな政策展開のために必要な制度改革
研究開発において独創的研究成果を量産し、世界のトップに立ちつづけるには、その基盤整備として以下に指摘する制度改革が必要である。ここでは、・で指摘した「キャッチアップ型研究開発から独創的研究開発へ」、及び「モノへの投資から人への投資へ」という、二つの視点が重要である。
1 国家戦略の立案と研究開発の支援
これからの科学技術政策には、独創的研究を中心として、明確な国家戦略と、それに基づく機動的な政策出動が必要である。そのためには、政策立案機能を一元化すると共に、効果的な予算措置・資金配分の制度が欠かせない。
1) 政策立案機能の一元化
わが国は、科学技術における総合的な政策立案機能に乏しく、特に近年、科学技術における先見的な総合政策が欠如し、重要政策における出遅れを招いてきた。科学技術政策を統括する機関として、内閣府に総合科学技術会議が置かれた今日もその状況は変わらず、現実の政策立案は、今なお文部科学省をはじめ、経済産業、厚生労働その他関係省庁で分散して進められている。最近、IT戦略会議・バイオテクノロジー戦略会議など、相次いで省庁横断的なチームが設置されたが、これらは時期を逸した後追いにすぎず、まさに政府自ら、総合政策立案機能の欠如を露呈したものというべきである。
このような相変わらずの縦割り構造は、国家的な戦略の欠如はもちろん、政策の重複や無駄・矛盾を生む原因となる。21世紀のわが国における、科学技術政策の国家戦略上の重要性に鑑みれば、科学技術に関わる政策決定を統合すると共に、各政策の実施機関たる各省庁との上下関係を明確にするべきである。従って、各省庁の科学技術関係の政策立案機能を分離し、総合科学技術会議の下に一元化するべきであり、内閣府の外局として総合科学技術庁を設置すべきである。
2) 予算配分
1. 政府投資の拡充
わが国の研究開発費は、GDP比3.2%と諸外国に比べ高い水準にある。しかしその一方で、研究開発費総額に占める政府支出の割合は2割強にすぎず、対GDP比でも0.69%にとどまる。これらの数字は近年上昇傾向にあるものの、欧米各国と比べるとなお低水準にある。
今後、わが国は重要政策として、研究者などの育成を強力に進める必要がある。また、わが国が注力すべき独創的研究や基礎研究には、必ずしも投下資金の回収が見込めないもの、あるいは大規模な研究投資を要するものが多く含まれる。加えて、実用化レベルにある技術の中にも、一企業では負担し得ないような巨額の投資を要し、政府主導のプロジェクトが必要となる技術が出現している。これら、民間セクターの投資が期待しにくい分野の増加に伴い、科学技術予算は、今後いっそう増額していく必要がある。
2. 機動的な予算配分の確保
科学技術の予算配分においては、中長期的な計画に基づき可能な限り単年度主義を排する一方で、世界的な競争のもと、技術の進歩が加速度的に早まっていることを踏まえ、年度内での柔軟な配分変更なども含め、今後いっそう機動的に配分することが必要である。
このような観点から見て、予算配分を硬直化させている制度の改革が必要である。改革のあり方としては、シーリングのあり方などを含めた全面的な見直しが望ましいが、特に以下の2点について見直すべきである。
第一は、建設国債である。建設国債は、特殊法人等への出資金や貸付金、および施設整備関係の公共事業費の財源にしか充てることが認められていないため、本来必要な「人」への投資ではなく、ハコモノ建設に予算配分されやすい原因となる。従って、根本的に建設国債と特例国債(赤字国債)の区別をなくすか、あるいは少なくとも「未来への先行投資」とされる教育・科学分野については、幅広く財源に充当することを認めるべきである。
第二は、特別会計の抜本的改廃である。電源特会等の特別会計は、財源として既得権益化して資金配分の硬直化を招き、政策的・機動的な予算配分を阻害するのみならず、不明朗な会計処理の温床となっている。そこで、少なくとも研究開発・産業政策関係の政府支出は、全額一般会計支出に切り替えることも含め抜本的に見直すこととする。
3) 公的研究資金配分の改革
1. 資金配分の縦割り・硬直化の排除
わが国における公的研究資金は、特別会計や各省庁の縦割り政策に縛られ、特定の政策や大学や研究機関に対する補助金や経常的支出に集中し、機動性に乏しかった。今後は、独創的な基礎研究・応用研究に対し、機動的な資金配分が行われるよう、抜本的な改革が必要である。
競争的研究資金への転換
現在、公的資金配分の大半は、それぞれの省庁の所管研究機関などへの経常支出や補助金に占められており、配分が硬直化しがちな上に、研究者へのインセンティブにも乏しい。この点、文部科学省の進める「トップ30大学」構想なども、国が大学や専攻などを組織単位でランク付けし補助金を加配するだけの小手先の手法に過ぎない。
幅広く研究者や各研究機関の意欲を高め、研究の質の向上させていくためには、組織単位の補助金を増やすのではなく、研究内容そのものに着目し、研究者単位で資金を配分すべきである。すなわち、「競争的研究資金」の比率の抜本的引き上げを図るべきである。
現在、競争的研究資金は公的研究資金全体の1割未満、3千億円程度にとどまっており、政府も、競争的資金の拡充の必要は認めて、順次拡充を打ち出している。しかし、このような従来政策の延長としての拡充ではなく、公的研究資金配分を、これまでの補助金中心から、競争的研究資金中心へ転換することが必要である。
(※参考:米国の2000年における競争的研究資金額3兆5千億円(公的研究資金全体の33.8%))
資金配分の縦割りの排除
現在、各省庁の補助金はもちろんのこと、競争的資金についても、7省庁にわたって、本省担当課や日本学術振興会、NEDOなどといった外郭団体による、縦割りの資金配分が行われている。
この点、資金配分の権限は、政策立案権限とともに可能な限り総合科学技術会議の下に一元化することが必要である。また、特に外郭団体の行う助成事業については、縦割りによる重複・無駄等の弊害を回避すると共に、審査・監査機能の抜本的強化、一般管理費の削減を図るため、これら団体の統合・合理化を図るべきである。
資金の基礎研究・若手研究者への重点配分
科研費や、科学技術振興助成費などといった従来の競争的資金の配分は、学際的分野あるいは新分野における研究開発への資源配分を怠りがちであった。また、一部の限られた機関や研究者に資金配分が偏り、特に若手研究者に対する資金配分が十分に行われてこなかった。このような資金配分を改めるため、研究内容と資金配分の審査は、利害関係者を排除した国内外の複数の研究者からなる小委員会の合議によって行うと共に、審査のプロセスと理由が申請者に明らかにされるようにし、保守的になりがちであった査定を改める。
また当面の間、若手研究者に対してのみ資金を配分する優先枠を設定する。事前の審査から配分の決定、事後の評価までを、全て若手研究者のみで構成する委員会で行い、若手研究者間で独創的研究に資源が配分されるようにする。
4) 投資に対する評価の徹底
研究開発、特に基礎研究の成果は、必ずしも外部からの評価になじむものではないといわれる。しかし、科学技術政策に投じられる国費は、国民・人類の未来に対する国民からの投資であり、苦しい国家財政と無数にある研究課題の中で、その資源配分には明確な理由が必要である。
この点政府も、科学技術基本計画において評価の重要性を指摘し、指針を策定しているが、基本的には所管省庁の自主的取り組みにとどまるものである。そこで、国費を投じる研究開発については、必ずその成果に対する第三者機関による評価を行うべきこと、及びその結果を次の政策決定や資源配分へと反映すべきことを明示した「研究開発評価法」を制定して、国民に対し説明のできる投資が行われるようにする。なおこれに際し、財政投融資など資本勘定からの投資についても評価の対象とすべきであり、かつ回収を前提とする資金であることから、より厳格な評価を行うことが必要である。
また、あらゆる研究開発を評価の対象とする一方、無用の混乱を避けるため、「成果」とは必ずしもその技術の実用性のみを示すのではないことも明らかにしておく必要がある。たとえば基礎研究については、研究プロセスそのものや研究者の育成の観点、あるいは社会的な観点なども含む形で評価を行うべきである。
5) 民間投資への支援
わが国の研究開発投資の8割近くは民間によるものであり、特に産業利用に関しては、民間企業による研究開発がわが国の科学技術をリードしてきた。国として投じられる研究予算には限界があり、わが国の産業が技術的優位性を維持していくためには、今後、民間研究投資の一層の拡大が不可欠である。
最も必要な政策は税制面での施策であり、以下の二点である。
まず、民間の研究開発投資をより促進するため、研究開発投資に対する税制を抜本的に改める。現在の「増加試験研究税制」等に加え、単年度の投資額の増減に関わりなく税額控除を受けられる制度を新たに導入する。なおこの制度は、企業投資増による景気活性化を狙った一時的な特別措置ではなく、企業が中長期的な研究開発プランを立てられるよう、恒久的な制度として導入することが重要である。
第二に、個人投資家(エンジェル)による投資を促進する税制改革である。今日わが国では、銀行を中心とする間接金融がリスクを取らず、成長企業が必要とする投資資金が供給されていない。従ってこれに代わり得る資金供給、リスクを取れる投資家による直接投資の拡大が不可欠である。特に技術ベンチャーに対する投資の促進が重要であるが、基盤の確立している企業も、企業内ベンチャーや事業単位で利用しうる研究開発ファンド制度も設ける。これらへの投資に対しては、資産課税(キャピタルゲイン課税)の免除と、キャピタルロスの所得からの控除を認める。
2 人を育て、人を活かす 〜研究者の育成と研究環境の整備〜
日本が、今後、継続して独創的な研究開発の成果を生み出していくためには、研究者の水準を、質・量共に向上させていく必要がある。そのため、国民の科学技術的素養を高めると共に、研究者のモチベーションや能力を高めていく必要がある。
1) 基礎学力の向上と創造力の育成
1. 基礎学力の向上
科学的創造力は、最低限の基礎学力の上にこそ成り立つものである。学力低下については様々な議論があるが、OECD調査をはじめ多くの調査結果が、わが国の子ども達の理数科ばなれ、科学技術への関心の薄れを示している。理数の基礎学力は、将来の研究者の卵としてだけでなく、高度に発達した科学技術社会の中で生きる社会人の基礎的素養としても不可欠である。従って、子ども達の理数系基礎学力の底上げを図り、科学技術に対する適応力を高める政策が必要であり、特に、幼少期における経験や教育を重視すべきである。
この点、文部科学省の言う「総合学習の中で観察や実験を増やす」などの小手先の施策では到底不十分である。理数科の基礎学力を重点的に修得させると共に、知的好奇心の芽を育て科学技術に対する関心を涵養するため、カリキュラムそのものの改変が必要である。また、初等教育においては、科学技術・理数に理解のある教員が決定的に不足している現状があり、あわせて大学の教員養成及び研修への科学技術課程の組み入れ、外部教員の導入等により、理数系の教育能力の抜本的改善を図る必要がある。
2. 中等教育と大学入学者選抜の改革
中等教育の段階においては、いわゆるエリート教育の誤解を恐れずに、より高い素質や意欲を持つ生徒に対し、その才能や能力を伸ばしていくための指導を充実させる。この改革は、一部の実験校だけでなく、全ての学校で実施することが重要である。また、改革の趣旨が、創造力や論理力を重視した教育・学習への転換であることを明確にするためにも、あわせて大学入試選抜の改革が必要である。すなわち、大学改革を通じて、大学の運営体質を助成金依存型から競争的資金に支えられる形へと変革し、大学が「知的戦力」となりうる人材の募集、試験成績よりも知的創造力を重視した入学者選抜を行うよう誘導する。
2) 若手研究者・外国人研究者の活躍のために
1. 大学・研究機関の人事構造の改革
ポストドクター1万人支援計画等により、近年、確かに名目上の「研究者」数は増加した。しかし支援期間終了後その多くは進路に恵まれず、「研究」から離れてしまっている。若手研究者を任期つきで雇用し、人材流動により研究活性化を促すという理念は誤りではなかったが、受け皿となる必要な大学・研究機関・企業の改革に手をつけない片落ちの政策であったため、せっかく養成した若手研究者が「研究」離れしていくという事態を惹起したのである。
人を育成しても、活躍の場が無ければ、せっかくの「人」という資産も意味をなさない。若手に研究の場が少ない原因の多くは、わが国の大学や研究機関における、研究者の流動性の乏しさにある。すなわち、研究室の中で教授―助教授―助手―研究生というラインで教授を目指す硬直的人事構造のため、学外からはもちろん、研究室相互の間でも、他の研究者の入り込む余地がないのである。
若手研究者が活躍するためには、その実績に応じて研究の場と研究資金が確保され、研究機会が拡大していくよう、進路(キャリアパス)が確立される必要があり、その障害となっている大学の硬直的構造を改革することが必要である。
2. パイロットモデル大学の設置
今日の国際競争のスピードに鑑み、大学改革と平行しつつ、より迅速な施策が必要である。そこで、全国で5〜10程度をメドに、以下の改革を受け入れるモデル校を募集し、または廃業大学施設を利用した、新たな大学院大学を設置することを提案する。
形態は、設立費用のみを国が負担し、その後の経営は完全な民営である私立大学とする。原則として経常経費の補助は行わず、資金は主に学費と競争的資金、及び民間との共同研究などにより調達する。大学経営からは教授会を排除して、明確に経営と研究を分離。大学の経営陣・研究者は、共に国籍や資格を問わずに公募し、特に研究者には若手研究者や民間企業からの派遣者を優先的に受け入れて、これらの者が自由な研究を展開できる場とする。
3. 外国人研究者の受け入れ拡大
有能な研究者を確保し、かつ研究者の裾野を広げると共に、研究活動の視野を広げるため、国籍にこだわらず優秀な研究者を国外から受け入れる。国際的に評価の高い研究者を、教授やプロジェクトリーダーなど上級研究者として招聘するのはもちろん、外国人学生や、若手のポスドクなどの研究者を広く受け入れ、育成する制度を整備する。これにより、今後の少子高齢化の中でも、競争的な研究環境の質的・量的な充実と、研究機関のレベルアップを図る。
そのため、外国人が利用できる給付型奨学金・研究員支援制度を整備すると共に、雇用条件などについても、日本人研究者に比べ不利にならないよう配慮する。また、入国・在留許可に関し、国の競争的資金の配分を受けているなど、一定の評価がなされている研究機関や大学においては、入学許可や招聘をもって許可を与える簡易な手続を整備する。
3) サイエンス・ドリームの確立
研究者の質を高める政策と共に、今後は、今まで以上に多くの青少年が科学技術を志す政策が必要である。そこで、科学技術に対し、単なる知的探究心の充足だけでなく、併せて社会的成功の夢を描けるようにする必要がある。しかしわが国では、研究成果が個人の大きな社会的成功に結びつくことが極めて少なかった。そのため研究者は、ノーベル賞などの有力な賞の受賞者くらいしか注目されることがなく、「研究者」は、現状では将来の進路としての輝きに欠けるといわざるを得ない。
そのためには、ベンチャービジネスの促進等、研究成果を実用に結びつける政策と、成果を確実に個人に還元する制度が必要である。研究開発が、個人にとってより魅力的なものとなるためには、個人が築いた研究成果をもとに事業が興され、大きな経済的・社会的成功に結びつくルートを国民の目に示して、進路としての有望性を高める必要がある。
1. 研究成果の実用化〜技術(研究開発)のビジネス化の促進〜
わが国ではこれまで、せっかくの研究結果が事業に結びつかず、死蔵されてしまうことが少なくなかった。これらの技術を、積極的にベンチャービジネス等の事業化に結びつけることが、産業政策上はもちろん、有能な研究者を多数育てていくためには不可欠である。わが国の研究成果が事業化に結びつきにくい最も大きな要因は、「経営の不在」と「資金の調達」の二つにあると言われており、これらの抜本的改革が必要である。
なお、研究機関から企業へ研究成果を移転する試みとして、技術移転機関(TLO)の活用が進められているが、多くのTLOが赤字であり、公的支援に頼っている現状がある。基礎研究と、応用、開発研究の隙間を埋めていくため、TLOの強化も今後必要となる。
2. 経営を担う人材の育成
研究開発の成果を事業化していく際に必要なのは、研究者の視点ではなく、経営ノウハウを備えた起業家によるビジネス上の視点であり、こうした人材が起業を担当することが重要である。しかしわが国では、起業家に対する社会的な評価は低くないにもかかわらず、こうした起業家の数は絶対的に不足している。その理由としては、リスクの高い選択に対する社会制度の不備や、家族の理解の問題などもあるが、根本的問題として、そもそもわが国で経営のプロを養成するしくみが欠如していると指摘される。そこで、ビジネス感覚と高い経営ノウハウを備えた人材を育てるため、大学に起業家養成のための課程を設置することを推進し、あるいは民間のビジネススクールの設置を奨励する。
3. 創業期企業の資金調達手段の改革
創業期企業にとって必要なリスクマネーの供給源は、欧米では主に個人投資家(エンジェル)と、ベンチャーキャピタル(VC)である。特にVCは、企業に対しリスクマネーを供給するだけでなく、投資の回収のためベンチャー企業の経営に参画し、経営コンサルタントや監視を通じて、企業の発展を支えていくなど、明日の基幹産業を育成する重要な役割を担うものであり、ベンチャービジネスの促進に不可欠の存在である。
しかしわが国のVCは、その数も投資額も欧米主要国の1/10以下という極端に低い水準にとどまっており、その原因としては、事業の将来性の評価を担う人材の不足、資金確保の困難などが指摘される。
このうち人材については、やはり・で述べた経営の専門家の育成が必要である。一方資金面では、VCへの公的支援と、ベンチャーキャピタルの設立するファンドに対するエンジェル投資の促進とが必要である。このうち公的支援については、政府は特定補助金の交付事業等を拡大しているが、創業期企業に対し補助金や債務保証などの直接支援を行うことは、投下資本に対する責任意識を曖昧にして経営をスポイルしかねない。むしろ、ベンチャーキャピタルやファンドに対する支援を拡充し、市場原理の中で投資を促進する政策を展開していくことが望ましい。エンジェル投資については、民間投資促進の項目で述べたとおりである。
なお、現在わが国では、創業期企業の多くが銀行融資を受け、その際経営者が個人保証を求められることが多い。個人保証は、事業失敗後の再起を困難にし、起業を敬遠させる要因となる。さらに、金融機関に適正な事業評価・経営監視を怠らせる原因ともなるため、原則として禁止すべきである。
4. 知的財産の研究者個人への利益還元
現状では、企業や研究機関に所属する研究者の完成させた知的財産の帰属は、慣行や個別の就業規則、契約等にのみ委ねられてきた。しかし、青色発光ダイオードの訴訟例に見られるように、わが国における技術者・研究者個人への利益還元は、特に企業において充分に担保されてきたとは言い難い。一方大学では、逆に、研究者が研究成果を事業化に結び付けても、大学に対する利益還元が期待できない。そこで、特許法の職務発明規定などを見直し、所属組織と本人が対等に権利を共有するなど何らかの基準を法令に定めると共に、権利関係法規を整備しなおし、研究者の権利の確保と、紛争の未然防止を図る必要がある。
4) 研究者のやる気を引き出し、研究者の意欲に応える〜研究環境の改善
1. 大学・研究所の設備改善
わが国の大学や研究機関の施設の狭隘化・老朽化の問題は、かねてから重ねて指摘のあるところである。研究室の手狭さはもちろん、必要な標本や資料、機器の保管・管理もままならないような施設が少なくなく、特に外国人研究者などから見て、わが国の研究環境は魅力に乏しかった。政府は第1期科学技術基本計画の5年間で施設改善に1兆円を投じたものの、必要な整備面積はなお1100万・に上るとし、第2期計画期間後もその半分は未改修のままとなる。研究開発の底上げのためには、新規の研究拠点や大規模実験施設を建設するより前に、まず研究者の日常的な研究活動の質的向上が重要であり、これら既存の大学・研究施設における最低限の設備環境整備を優先すべきである。
ただし、第1期に投じられた資金の大半は、補正予算により半ば景気対策として投じられたものである。さらに昨年度は、実に4800億円がやはり補正予算により投じられている。集中的な設備整備は必要であるが、あまりに場当たり的な予算計上は安易なハコモノ建設に流れるだけであり、計画的な投資が必要である。
2. 研究管理者とサポートスタッフの充実
限られた研究資源や研究スケジュール、研究成果を適正に管理するために、大学や研究機関には、研究者の研究活動を管理する人材が欠かせない。しかし、わが国の研究機関の研究管理者は、多くの場合、科学技術や研究活動に対する理解に乏しく、逆に創造的研究を損ないかねない状態にある。
そこで、研究に必要な機器の選定や研究資金の申請・管理、あるいは研究プログラムや成果の管理といった、研究管理に伴う諸問題に精通し、かつ科学研究そのものに対する理解を備えた専門家を養成し、各大学や研究機関への配置を推進する。
また、研究活動には、本来の研究作業の他に膨大な技能的、事務的作業が発生する。わが国の研究開発機関では、研究者を補助する技能者・事務員が欧米の半分以下とも言われ、多くの研究者が煩雑な作業に悩まされている。この傾向は特に大学で顕著であり、代わりに大学院生や若手研究者が、教育目的を超える単純作業に使われている。資金の潤沢な研究者ですら、低賃金の事務員や秘書を研究予算の中からアルバイト雇用したり、機器の納入企業等に人の派遣を求めたりしているのが実態である。研究者が研究活動に専念できる最低限の環境として、研究者を技術面および事務処理面でサポートするスタッフの抜本的な増員と、能力の向上を図る必要がある。
3. 研究機関と産業の集積立地
先端的な研究開発と、その事業化が促進される共同的・競争的環境を形成するためには、特定分野の研究機関や関連産業が集中して立地し、研究者やその支援者が集結していることが極めて有効である。米国のシリコンバレーに代表される欧米のこのような地域では、大学等の教育・研究機関を中心に、ベンチャーを中心とする関連産業と、それを支援するベンチャーキャピタル等の投資家、インキュベータと呼ばれる施設・経営面の支援機関、コンサルタントなどが集積・ネットワーク化され、先端技術と産業を次々に生み出すことに目覚ましい成果を上げている。
今年度より、文部科学省の「知的クラスター創成」事業が開始され、様々な特区の構想も進められているが、投下される予算も、研究機関・企業等の集積規模も小規模に過ぎ、拠点数の多さと相まって、かえって地方分散を招く恐れが高い。今後は、わが国でもより大胆な集中立地を推進することが必要である。
V 科学技術研究開発の「選択と集中」
現在の科学技術基本計画によれば、わが国は5年間で24兆円を科学技術に投じるとしている。欧米に比べ、この研究投資の規模はなお物足りないと言わざるを得ないが、一方で、厳しい国家財政の中で、投入できる国家予算が限られつつあるのも事実である。
そうした中で、科学技術の応用される社会分野の広がりに伴い、取組むべき研究開発のテーマは無数に広がるばかりであるが、わが国が投入できる資源は限られており、政策には選択と集中が必要である。またその際は、政府の科学技術基本計画のように単純に技術分野で重点化するのではなく、わが国と人類社会が必要とする問題の解決に対して、明確な理念・戦略に基づいて重点化することが重要である。
民主党は、以下の二つの観点に分けでそれぞれ取組むべき研究テーマを厳選し、公的研究資源を集中的に投入すると共に、民間においてもこれに沿った研究開発を促していくべきと考える。
その第一は、現在及び今後20年程度の間に予想される課題に対応するための施策であり、特に、1.国民の生活を維持向上させていくために必要な施策、2.次代のわが国の産業競争力のために有望なもの、3.国民の安全のための科学技術の活用と制限、の3つの視点からの重点化の必要がある。
第二には、より長期的な観点から取組むべき施策であり、1.自由な発想に基づく幅広い基礎研究の確保、及び2.産業化の中で負荷をかけつづけてきた地球環境・人間性への影響を根本的に回復する技術の研究、の2つの視点に立って、研究開発を促していきたいと考える。
以上
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