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1999/06/29
国旗及び国歌に関する法律案に対する代表質問(伊藤英成議員)
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衆議院本会議
国旗及び国歌に関する法律案に対する代表質問
民主党 伊藤 英成

私は、民主党を代表して、ただいま議題となりました「国旗及び国歌に関する法律案」に対して、総理並びに関係大臣に質問をいたします。

「日の丸」の日章は、『続日本紀』(しょくにほんぎ)によれば文武(もんむ)天皇の朝賀(ちょうが)の儀に並べられたとあります。日章旗の白地は清純な心、赤の日の丸は太陽の光明(こうみょう)と円満な真心、「日出づる国」を表わしているとされております。日の丸が実質的に国旗として制定されたのは、安政元年の「総船印」(そうふなじるし)の布告、安政六年の「御国総標」(おんこくそうじるし)の触書き(ふれがき)、明治三年の太政官(だじょうかん)布告等によるものであると言われております。

古今和歌集を原歌(もとうた)とする「君が代」は、国文学者の山田孝雄氏が著書「君が代の歴史」の中で次のように言っております。「およそ日本国の歌謡にして、この『君が代』の如く、遠く汎く深く行き互ったものは無いしかも千二百年間絶えず謡われて来たという点から見て、又その祝賀の意の生命を祝ひつつある点から見て、日本国民の祝賀としてこれ以上のものは無い。」「日の丸」「君が代」は共に、古来より親しまれ、幾多の歴史を経て今日まで脈々と引き継がれてきたものであります。


(国旗・国歌とは何か)

そこで先ず最初に、国旗・国歌について総理に伺います。

私は、国旗は国家を表徴する尊厳なものであり、儀式的に重要な意味を持ち、国の単なる識別標識を超えた、国の主権を象徴する崇高な性質を賦与されているものと考えます。国歌は、国家的祭典や国際的行事その他で、国民及び国家を代表するものとして歌われる歌のことであります。事実、各国の国旗・国歌は、その国の生成過程や理想、文化、政治と密接な関係があり、民族の伝承、神話、歴史や建国の理想や信念を表しております。同時に、国旗・国歌は、独立国家として国民精神を奮起させ、国民を統合する対内的作用も併せ持っております。

小渕総理は、国旗・国歌をどのようなものとお考えか、まずご所見をお聞かせ頂きたい。


(法案の提出経過について)

第二に、政府の本法案提出過程について伺います。

私は、今国会での本法案提出過程は、日本の国旗・国歌という極めて重い、重いテーマを論ずるには、あまりにも粗野で浮薄な対応であったと思わざるをえません。

二月末に総理は「法制化については考えていない。」と発言して一週間もたたないうちに、法制化の検討を言い出しました。また、野中官房長官の発言も二転三転し、国旗、国歌という日本国の基本的枠組みや象徴天皇制に関わる非常に重要な問題を、あたかも政争の具としている印象さえ国民に与えました。

もし、提案するならば、国会冒頭に提案すべき重要な案件であり、延長国会で軽々に処理すべき性格のものではないはずであります。

この意味で小渕総理の今回の国旗・国歌に対する対応は、私共には理解できないところであります。政府・自民党は、わが国の伝統・慣習に基づいた価値観の共有の意味を、あまりにも安易に受け止めているのではないでしょうか。今回の政府・自民党の対応に対し、国民の多くが、歴史的責任感の欠如、国家観に対する見識の脆弱性といったものを直感したのではないでしょうか。

民主党は、国会での論議を通じ、多様な歴史観・価値観のある中で、国民的合意形成に最大限努力すべきだと考えております。国会での審議を通じより多くの国民の意見を聴取し、国民の間のコンセンサスを形成していくことが何よりも重要だと考えております。何故に小渕総理は、会期末ギリギリに国家の根本に係る重要法案を軽々しく提出したのか、その真意をお聞かせ下さい。


(国旗・国歌の法制化について)

第三に、何故立法化するのかその基本的な考え方を伺います。

国旗・国歌は、その国の根本に係る崇高・深遠なテーマであります。例えば、フランス共和国では、国旗・国歌ともに憲法に規定が置かれております。アメリカ合衆国では、国旗・国歌ともに連邦法で規定されております。他方、イギリスでは、慣習として位置づけられ、国旗・国歌に係る法令はありません。イタリアでは、国旗は憲法、国歌は慣習となっております。

私は、伝統や慣習の意味の重さを考えたとき、全てを成文法に依らなければ規制力たり得ないというのではなく、日の丸・君が代の歴史を鑑みれば、イギリスのように慣習によることも極めて有効な選択肢であったと考えます。事実、日の丸・君が代は、オリンピックをはじめ種々の行事で使用され、国際的にも国内的にも、日本の国旗・国歌として扱われております。さらに、各種世論調査の結果をみても、「日の丸」については約七割から八割、「君が代」については約六割から七割が、日本の国旗・国歌と認め、広く国民の間に定着していると考えられます。

そこでお伺いします。歴史と伝統のある日本が今、国旗・国歌について慣習もしくは憲法によらず、いかなる理由から法律で規定するとしたのか、またイタリアのように、国旗と国歌を分けて取り扱うことについては検討されたのか、総理のご所見をお聞かせ下さい。また、国旗・国歌に係る規定を慣習、憲法、法律で行ったときどのような効果の相違が発生するのか、内閣官房長官のご見解をお聞かせ頂きたい。



(「君が代」の解釈について)

第四に、君が代の解釈についてであります。

政府は君が代における「君」を「日本国憲法下では、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇」としています。確かに政府の解釈は、憲法第一条の「天皇は日本国民統合の象徴」という理念に則したものであり、このような解釈も私は評価いたします。

しかし、古今和歌集を原歌(もとうた)とする君が代の「君」には様々な解釈があり、君は賀を受ける相手を意味し、必ずしも天皇を意味しないとの解釈もあります。明治に入り「君が代」は天皇の治世を意味するとされましたが、古今集の詠み人の心情や(詠み人知らずではありますが)、この歌が賀歌(がのうた)から普及、定着してきた歴史に思いを馳せたとき、「君」を「象徴天皇を指す」と解する政府解釈はやや硬直的であり、いささか深さと広がりに欠けるのではないでしょうか。また、一つの時代による歴史的評価・考察は、その狭隘さから免れ得ないことは、指摘されているところでもあります。

このような意味から、私は君が代の「君」はもっと歴史的な広がりを持ち、世代間の理解を得ることができるように解釈してもよいのではないかと考えます。小渕総理の忌憚ないお考えをお聞かせ願います。



(創設的効果か確認的効果かについて)

第五に、本法案は国旗及び国歌を法定化することにより創設的効果を期待しているのか、それとも確認的効果を持つものなのか質問いたします。

同法案は、第一条で「国旗は、日章旗とする。」、第二条において「国歌は、君が代とする。」とあり、共に「とする」と規定されています。一般的に法文上「とする」は創設的、拘束的な意味をもたせる場合に用いるとされております。

しかし、先に述べたように、「日の丸」・「君が代」がそれぞれ国旗及び国歌として、国民の間に広く定着していることは明らかであります。つまり、「日の丸」・「君が代」は新たに創設するのではなく、既に慣習・伝統として定着していることを確認する「である」、いわゆる確認的規定が法文上正しいといえます。

本法案では、如何なる理由を持って敢えて「とする。」と規定したのか、本法案において確認的意味ではなく創設的意味を持たせた意図は何か、総理の具体的なご所見を求めます。



(尊重規定について)

第六に、外国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、または汚損した者は、刑法により刑罰が科されております。しかし、日本国の国旗に対しては、これを処罰する規定がありません。他人の所有する国旗などの損壊などについては器物損壊罪が適用されることも有り得ますが、わが国の国旗そのものの損壊に対しこれを処罰する法律はありません。例えば、アメリカやドイツでは、国旗に対する尊重義務や侮辱罪を規定しております。

オリンピックでの国旗掲揚のワンシーンを想起するまでもなく、国旗を尊ぶ心は万国共通の価値観ではないでしょうか。国旗に対する尊重規定や侮辱罪の創設について小渕総理がどのようにお考えかお聞かせください。また、刑法第九二条では外国の国旗については規定があるものの、日本国の国旗については、処罰規定がありません。このことについてどのようにお考えか法務大臣のご所見を求めます。



(立法化の強制力について)

第七に、国旗・国歌を法律で定めることによる立法効果・強制力についてお伺いします。

先般示された政府見解では「国旗の掲揚等に関し義務付けを行うようなことは、考えていない。したがって、現行の運用に変更が生ずることとはならないと考えている。」としております。これは一切の義務付けを否定するものなのでしょうか。

特に教育現場では、長い間日の丸・君が代をめぐり多くの混乱が生じてきました。本法案に対し多くの懸念と期待を持って見ているのも、小学校、中学校、高校などの教育現場の方々と言えましょう。学習指導要領では、日の丸・君が代について「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と書かれております。

法制化に伴いどのような場において、国旗掲揚・国歌斉唱は義務づけられるのか。法制化することによって一般国民や様々な各種行事・祭事などにどのような変化が起きるのか。また、教育現場での混乱を避けるためにどのように考えているのか、法制化の前と後でどのような違いが発生するのか。

国民、教職員の方々、更には生徒の理解の得られる具体的なご答弁を、小渕総理並びに有馬文部大臣に求めます。


(結び)

国旗、国歌は何よりも国民の総意に基づくべきであり、国民の圧倒的な支持があってはじめて国旗・国歌が国民統合の象徴としての意味を持ちうるものであります。

昭和二十四年マッカーサー元帥の日本国民に対する年頭メッセージにおいて

「国旗(つまり日の丸)が、人類のひとしく捜しもとめてきた正義と、自由の不易の観念に立脚した平和の象徴として、とこしえに世界の前にひるがえらんことを願う。」

と、国旗掲揚許可と日の丸の未来に大きな期待の念を寄せました。

最後に、私は、本法案の国会内外での拙速でなく十分な論議を通じ、自国の国旗及び国歌に対する正しい理解と態度が培われ、引いては他国の国旗・国歌を尊重し、さらには日本と他の国々の文化や歴史・伝統を敬愛する態度が日本国民の共有する普遍的価値観として定着することを心から期待し、質問を終わります。

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