民主党税制調査会
1. 今後の税制改革についての民主党の基本的な考え方
民主党は、効率的かつ活力ある経済活動を保障する一方で、あらゆる人々に安心・安全を保障し、機会の公平を実現するという立場で、経済や財政のあり方を構想する。このため、税制については、「簡素・公平・透明」化を図り、所得・消費・資産に対しバランスのとれた税制を実現するとともに、インボイス制度導入など納税者に信頼される消費税への改革、納税者番号制度の導入、給与所得者の確定申告制度の改革、国際的に遜色のない法人税制への改革などをめざしてきた。このような基本的な立場を踏まえながら、当面の税制改革について以下の視点から対案を提示する。
(1) 活力ある社会・経済のための持続可能な財政を築く
活力ある社会・経済を実現するためには、過去のわが国の税制のように国際的に見て過度に高い累進所得税率や法人税率を、主要諸国並の適度の税率に引き下げるとともに、特定産業分野や業態のみに恩恵をもたらしてきたような各種優遇税制等の租税特別措置を廃止・縮小して課税ベースを拡大することにより、経済活動の自然な新陳代謝を促すことが必要である。また、これとあわせて、国民間の所得・経済力格差の著しい拡大によって社会の安定や活力が損なわれることのないよう、適切な資産課税等の組み合わせにより機会の公平の確保を図るとともに、雇用・社会保障政策等のセーフティーネットの充実を図ることが必要である。
近年、景気対策のために所得税の最高税率や法人税率の引き下げなど減税だけが先行して実施された結果、わが国の個人所得課税・法人課税などの税負担水準はすでに主要諸国と比較しても低い水準に下がっている。同時に、こうした減税や近年の景気の低迷・悪化の影響もあり、現在わが国では雇用・社会保障をはじめ、必要な政策をまかなうだけの財源を年々の税収で調達できないプライマリー赤字の状態が慢性化している。このような現下の経済・財政状況のもと、当面の税制改正においては、租税特別措置などの廃止・縮小と課税ベースの適正化、納税者の権利の明確化と納税者番号制度の導入など公正な税制のためのインフラ整備を進めつつ、税制の空洞化を防止し、社会保障や環境保全等のための効率的で持続可能な財政を確立することに力点を置くべきである。
(2) 雇用と新産業創出、資源循環型社会のための新たな社会システム税制に組み替える
NPO活動などを通じた新しい市民意識の芽生え、少子高齢化の急速な進展、地球環境問題の重要性の増大、グローバルな経済競争やIT革命の進展、国・地方の枠組みの変容など、現在のわが国をとりまく内外情勢をふまえた新しい政策税制や社会システム税制への要請が強まっている。役割を終えた既存の優遇税制に代えて、IT分野などグローバルな競争にチャレンジするニュービジネスや新しい市民公益活動領域の拡大をめざすNPOへの支援税制、持続可能な資源循環型社会や快適なアメニティのための環境税制、情報技術の習得や職業能力の向上を図る個人への支援税制など、時代の要請に対応した新しい政策税制や社会システム税制の導入をめざすべきである。
(3) 国民に開かれた税制改革の議論を進める
税制改正論議に際しては、これまでの自民党税調による毎年度の税制改正論議のような、族議員と財政当局との密室談合ではなく、首相が、責任を持って、国民にそのビジョンを明らかにし、開かれた議論を進めてゆく形にするべきである。この意味で、内閣府に置かれた経済財政諮問会議による抜本的税制改革の検討作業の開始を民主党は歓迎するとともに、この議論を国会論戦の場に引き出し、建設的で開かれた論戦を展開していきたい。
2. 民主党の求める2002年度税制改正の課題
(1) NPO支援税制を抜本的に拡充する
今年度税制改正で政府・与党案にもとづきNPO税制が導入されたが、法案策定段階から指摘されていた通り、その適用対象となる認定NPO法人の要件がわが国のNPOの実態を無視した煩雑かつ厳しすぎるものであったために、認定NPOがほとんど皆無という状況のまま推移している。また、支援税制の中身もきわめて不十分である。公益法人課税のあり方や公益寄付金優遇税制全般の見直しを進めるとともに、当面、NPO税制について、認定NPO法人の要件の再検討、認定期間と更新手続きの再検討、「みなし寄付金制度」の導入、地方税における支援措置の導入など、市民公益を育成・促進するという目的にふさわしい税制となるよう、抜本的な見直しと拡充を図るべきである。
(2) ローン利子控除制度の創設等
○ 住宅・耐久消費財・教育費等のローン利子控除制度の創設
負債デフレが個人消費の足かせとなっていることにかんがみ、個人消費の拡大策として、住宅・耐久消費財取得、教育費等のローンに係る利子を所得控除する制度を創設する。既存の住宅取得促進税制は廃止する。
○ 住宅譲渡損失の繰越控除制度の拡充、繰戻し還付制度の創設
居住用住宅の譲渡損失繰越控除特例については、買い替え時に限定している適用要件を緩和し、賃貸住宅への住み替え時にも適用する。また、居住用住宅の譲渡損失額を前年の所得からも控除できる繰戻し還付制度を創設する。
(3) 扶養控除・配偶者特別控除など所得税・住民税の人的控除を廃止・縮小し社会保障給付等を充実させる
国民の多様な生き方の選択を尊重する立場から、個人所得課税をジェンダー・フリー(性別役割分業を固定化しない税制)、エイジ・フリー(特定年齢層だけを特別扱いしない税制)に改める。扶養控除や配偶者控除、配偶者特別控除などの人的控除は、所得税制を複雑なものにし、その課税最低限を引き上げているだけでなく、所得控除であるがゆえに高い累進税率の適用される高額所得者に有利な仕組みともなっていることから、廃止・縮減し、その財源を子育て等の支援策(児童手当の抜本的拡充、保育サービス拡充など)を中心に本当に必要な社会保障給付や福祉サービスの財源に転換する。
(4) 給与所得者の年末調整制度を見直し、確定申告との選択制に改める
給与所得者の年末調整と確定申告の選択制度を導入し、国民の自発的な申告納税を奨励する。給与所得者の特定支出控除制度を見直し、経費の実額控除の範囲を広げる。
また、インターネット等を通じた簡便な電子申告納税制度等の申告手段をも早急に整備する。
(5) 納税者番号制度の導入と納税者権利憲章の制定を速やかに進める
株式譲渡益課税が申告分離課税に一本化されることなども踏まえ、納税者番号制度の速やかな導入を図る。
また、納税者による更生の請求、異議申し立て、税務調査等の手続き等における納税者の地位と諸権利の保障を明確にした「納税者権利憲章」をあわせて制定する。
(6) 相続税全体の見直しにより普通のサラリーマン世帯や小規模中小企業には相続税がかからないよう改める
厳しい経済状況を反映して、これまで雇用の吸収力となってきた中小企業の倒産や廃業が相次いでいる。こうした中、中小企業の事業承継円滑化のための優遇税制を求める声が強いが、一定の要件に該当する事業承継だけを対象に相続税等の例外措置を創設することは税制をいたずらに複雑にし、税負担の公平を損なうなどの問題がある。むしろ相続税全体を次のように見直すべきである。
1. 実態としてほとんど適用されていないものの、心理的な重税感の原因となっている相続税の70%という最高税率については、現行の個人所得課税の最高税率、主要諸国の状況なども考慮し50%に引き下げる(贈与税の最高税率についてもこれに連動して引き下げる)。
2. 課税ベースを狭めている小規模宅地の評価の特例などを廃止・縮小した上で、「富の集中の抑制」という相続税の目的、その負担水準は「中間層の生活基盤の形成を阻害しない水準」(昭和32年の「相続税制度改正に関する税制特別調査会答申」)にすべきとの現行相続税制の出発点にある考え方を踏まえ、平均的な給与所得者の世帯や、小規模中小企業の生活基盤には相続税がかからないよう課税最低限を現行の9,000万円から米国・ドイツ並の1億5,000万円程度(配偶者と子3人が相続する場合)に引き上げることを検討する。
また、税率・課税ベースだけでなく資産の評価方法や納税方法などの運用面でもある程度の改善はなされてきているが、必要に応じてさらに運用面の改善を行う。地価高騰がすでに沈静化し、むしろ地価が相当程度下落している現状では、産業構造や業態の変化、景気悪化など税制以外に起因する問題もいっそう深刻であり、こうした面に着目した転業支援等の対策にも万全を期す必要がある。
(7) 中小企業留保金課税の撤廃・中小企業会計制度の見直し
中小企業の国際競争力の強化と自己資本の蓄積による体質強化を図るため、同族会社の留保金課税の中小企業に対する適用を廃止する。
また、国際会計基準の潮流を考慮しつつも、国際的な資本調達を行わない中小企業についての会計基準のあり方を検討する。
(8) 消費税の不公平を是正する
消費税の益税など不公平感の温床となっていると指摘されている簡易課税制度、免税点制度を縮小するとともに、仕入税額控除についてインボイス制度を導入することにより、消費者の負担した消費税が適正に国庫に納税されるようにする。また、滞納防止のため、一度滞納した事業者については毎月納税とするなどの措置を講じる。
長寿命住宅商品の普及などに伴い、今後中古住宅市場の発展が予想されることにかんがみ、中古住宅取引にかかる消費税については、事業者を媒介した転売のつど消費税がかかる現在の仕組みの見直しを検討する。中古自動車の取引についても同様の見直しを検討する。
(9) 環境税を早期に導入する
環境負荷軽減に資するものについては税を軽減し、環境負荷を増大させるものについては税負担を重くするという基本的考え方に立った税制の仕組みを整備する。地球温暖化防止のため、炭素・エネルギーを対象とする環境税を早期に導入する(他に転換不可能な原料炭・ナフサ等の原材料としての使用は対象にしない)とともに、風力・太陽光・バイオマスなど環境負荷が小さく再生可能なエネルギーについての導入促進税制を整備する。
都市近郊の里山・雑木林の保全、都市周辺の水道水源の確保、リサイクル・デポジット制度の普及等、地域環境保全に資する地方環境税の充実を支援する。
(10) 道路等の特定財源を2年間一般財源化するとともに、関連制度を全面的に見直す
道路等の特定財源をただちに2年間一般財源化するとともに、その間に複雑な自動車関連税制の簡素化、負担水準、環境税の導入との関係などを含め、関連制度を全面的に見直す。
(11) 国から地方への税源移譲により国・地方の税収を1:1に改める
所得税の比例税率部分等の一定部分を地方税に移譲することにより、国と地方の税収を現在の2:1から1:1に改め、地方分権の推進に必要な地方税財源を確保すべきである。この税源移譲に伴い、個人住民税を比例税率の地方所得税に改めることなどを検討する。
(12) 法人事業税の外形標準課税化は経済情勢に留意しつつさらに検討を進める
外形標準課税の導入は、地域における応益課税という意味での税負担の公平に資するだけでなく、都道府県財政の安定化という面でも有力な選択肢の一つである。引き続き、外形標準課税の具体的なあり方、導入時期について、中小企業の景況等にも留意しつつ検討を進める。
3. 政府・与党の2002年度税制改正の個別検討項目について
(1) 経済構造改革推進のための連結納税制度の早期導入を図る
新事業展開等を促進する観点から、企業組織形態の変更に関する税制の中立を確保するため、連結納税制度に対応した税制上の措置を来年度から導入する。ただし、租税回避のみを目的とするような制度の濫用の防止策については万全を期すべきである。
なお、連結納税制度の導入に伴う歳入欠陥については、企業向け租税特別措置の抜本的見直し、歳出面での節減など、あらゆる努力を払って埋めるべきであり、本来の改革の意義を相殺するような連結付加税の導入には賛成できない。
(2) 土地関連税制
○ 土地譲渡益課税の税率引き下げは慎重に検討すべき課題
土地譲渡益課税については、J−RIET(不動産投資信託)の解禁に伴い、他の金融商品と税制上のイコールフッティングを図ることが望まれているが、他方、土地基本法が明確にうたっている通り、土地を投機的取引の対象としてはならず、増価に伴う利益には適切な負担を求めるべきとの基本的視点も踏まえる必要がある。バブル崩壊後累次の土地税制見直しの経過、地価下落防止策としての効果の有無、地価下落により譲渡損が出ているのが最近の一般的な状況であることなども踏まえると、土地譲渡益課税の税率の引き下げについては、慎重な検討が必要である。
○ 登録免許税等は定額の手数料に改める
不動産取引等にかかる登録免許税については、登記事務に要する費用を賄うための定額手数料に改めるべきである。印紙税についても廃止を含めた見直しを進めることが適当である。
(3) 酒税・たばこ税
○ 酒税(発泡酒・ワイン)増税に反対する
現在、ビールについては突出して重い酒税額が課されており、これをそのままにして発泡酒の酒税額をビールに合わせる方向で引き上げることは、現行税制の枠内でのメーカーの商品開発努力を踏みにじるアンフェアなルール変更であるだけでなく、中低所得者層狙い撃ちの大衆増税となり、容認できない。アルコール度数に応じた課税に収斂させることを基本に、酒類間での税負担の格差をできるだけ縮小し公平かつ簡素な酒税の仕組みに改めていくべきである。
○ たばこ税は安易な財源対策のための引き上げではなく、国民の健康の観点から議論すべき
歳出の徹底した合理化などをすることなく、取りやすいところから取るというような安易な増収策としてのたばこ税引き上げは適当ではなく、賛成できない。国民の健康、医療費節減等の観点、国内葉たばこ生産者への影響等について総合的に検討し、適切なたばこ税の負担水準を見いだすべきである。
(4) 租税特別措置の見直し
○ 既存の企業向け租税特別措置の原則廃止
企業向けの各種租税特別措置については、原則としていったんすべて廃止し、雇用・新産業の創出、環境保全の推進に資する新たな政策税制に全面的に組み替える。
○ 生損保控除・老人マル優の見直し
証券税制の整備とあわせて、これまでの貯蓄優遇税制については縮小・廃止を基本に見直しを進める。生損保控除については、年金・医療・介護の社会保障制度の今後のあり方と自助努力の役割などに配慮しつつ見直す。老人マル優制度については、段階的に廃止することが適当である。生活困窮者等に対しては、税制ではなく歳出面での福祉施策を通じて配慮すべきである。
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