○ はじめに
民主党は、汚染米の不正横流し事件が発覚した後、国会での閉会中審査を要求し、衆参両院の農林水産委員会で実態解明に向け政府を追及した(平成20年9月18日)。翌日、突如、太田(前)農林水産大臣、白須(前)事務次官が辞任を表明するなど、政府内が大きく混乱するとともに、国民の食の安全行政に対する不信感は頂点に達した。
国会開会直後には、「民主党汚染米等実態解明小委員会」を設置し、農林水産省を始めとする政府の担当者に対し累次にわたり事実関係を求めるヒヤリングを実施した。本小委員会に提出された「事務要領」、「契約書」や整理・作成の要求に基づき提出された資料等は膨大な数にのぼった。
こうした資料等を踏まえ、小委員会では、主として「なぜ、こういう事態が生じたのか」、「国にどういう問題があったのか」といった点に集中した議論が展開された。本報告は、こうした議論を踏まえた報告である。
今回の事件を踏まえた組織のあり方、米の流通システムの改善方向といった今後の対応策については、政府の検討結果等を待って引き続き議論することとしたい。
なお、本報告では、「汚染米」とは、食品衛生法第6条、第11条に該当するもので、食用に供せなくなった米穀として、これに、食用に供することが可能な水濡れ等の米穀を含めた米穀全体を「事故米」と定義することとし、ここでは、汚染米を中心に整理した。
※食品衛生法(抜粋)
第六条 次に掲げる食品又は添加物は、これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合 を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、 調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
一 腐敗し、若しくは変敗したもの又は未熟であるもの。ただし、一般に人の健康を損なうおそ れがなく飲食に適すると認められているものは、この限りでない。
二 有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの。た だし、人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限り でない。
三 病原微生物により汚染され、又はその疑いがあり、人の健康を損なうおそれがあるもの。
四 不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を損なうおそれがあるもの。
第十一条 厚生労働大臣は、公衆衛生の見地から、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、販売の用に供 する食品若しくは添加物の製造、加工、使用、調理若しくは保存の方法につき基準を定め、又は販 売の用に供する食品若しくは添加物の成分につき規格を定めることができる。
2 前項の規定により基準又は規格が定められたときは、その基準に合わない方法により食品若しく は添加物を製造し、加工し、使用し、調理し、若しくは保存し、その基準に合わない方法による食 品若しくは添加物を販売し、若しくは輸入し、又はその規格に合わない食品若しくは添加物を製造 し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存し、若しくは販売してはならない。
3 農薬(農薬取締法 (昭和二十三年法律第八十二号)第一条の二第一項 に規定する農薬をいう。 次条において同じ。)、飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律 (昭和二十八年法律第三 十五号)第二条第三項 の規定に基づく農林水産省令で定める用途に供することを目的として飼料 (同条第二項 に規定する飼料をいう。)に添加、混和、浸潤その他の方法によつて用いられる物及 び薬事法第二条第一項 に規定する医薬品であつて動物のために使用されることが目的とされてい るものの成分である物質(その物質が化学的に変化して生成した物質を含み、人の健康を損なうお それのないことが明らかであるものとして厚生労働大臣が定める物質を除く。)が、人の健康を損 なうおそれのない量として厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて定める量を超えて 残留する食品は、これを販売の用に供するために製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、保存 し、又は販売してはならない。ただし、当該物質の当該食品に残留する量の限度について第一項の 食品の成分に係る規格が定められている場合については、この限りでない。
○ 汚染米の市場流通には二つのルート
(汚染米は、政府ルートと商社ルートで市場に食用として流通)
政府は、国産米、MA米を問わず、その保管している政府米に汚染米が発生した場合、これを原則非食用米として売却することで処理してきた(政府ルート)。
また、MA米について、輸入検疫で不合格となった汚染米については、MA米としての輸入量にカウントするため、いったん政府が買い入れ手続きをした後(主食用のSBS米を除く)、輸入商社に売り戻し、商社は汚染米を非食用として国内流通させることを原則としてきた(商社ルート)。(別紙参照)
(政府の財政負担の軽減を優先させた汚染米の売却)
汚染米の処理に当たっては、カドミウム汚染米のように着色・破砕して食用への転用を防ぐといった措置を講ぜず、汚染米処理にかかる政府の負担をできるだけ軽減することを優先した。しかし、その一方で、食の安全、消費者の安心・信頼確保のための措置を、政府は完全に怠った。この結果、メタミドホス汚染米を始めとした汚染米の不正な市場への横流しを誘発、放置することになった。そして、事件発覚によって消費者に大きな不安を与え、農政、食品行政への不信を大きく増大させるとともに、善意の米穀業者などが受けた風評被害への政府支援として大きな財政支出が必要となったのである。
また、農林水産省は、工業用のりなどの原材料に用いられる米粉の需要量についての実態把握すら行っていなかった。工業用のりなどの原材料としての米粉の需要は少なく、工業用加工米としての汚染米は、需要が少ないにもかかわらず過大な量が売却されていたことになる。
なお、汚染米を対象としたこの不正な横流しは、平成15年よりも前から行われていた可能性は極めて強いが、政府は少なくともこの5年以上にわたってこうした状態を放置していたことになる。
○政府保有の汚染米の売却について(政府ルート)
(行政の不作為が引き起こした事件)
汚染米の政府売却価格は、工業用加工米としては5円/s程度と低く、一般食用米穀との間に大きな価格差がある。このことが、流通過程に多くの米穀業者が介在する汚染米の横流しの経済的動機となっていたことに疑問を挟む余地はない。食用米穀との大きな価格差があって、不透明な流通であれば、不正な横流しが起こり得ることは、米の流通行政を長年にわたり担当してきた農林水産省は、当然のこととしてわかっていたはずである。それにもかかわらず、不正横流しを防止するための有効な措置を何ら講じてこなかった。これが、今回の事件を生んだ基本的な原因であり、行政の不作為が招いた事件である。
必要な実態解明を十全に行い、その結果、関係するすべての職員に適正な処分が課せられたのは当然である。
政府ルートの汚染米について、売却した後、契約書に基づき、農政事務所に、買い入れ業者が、契約通りに非食用としての加工をしているのかどうかを確認する任務があった。しかし、買い入れ業者の販売先の調査や買い入れ業者と販売先の帳簿の整合性のチェックさえ行われないなど、そもそもこの点を確認する検査の仕組みになっておらず、不正横流しを監視する検査体制にもなっていなかった。
具体的には、検査方法、検査体制についての統一的マニュアルが整備されていなかったため、そのやり方については、事実上、各農政事務所に丸投げであった。農政局や農林水産本省に検査の結果を報告する仕組みもなかった。また、食糧法第52条に基づく立ち入り検査の権限行使をすることもなく、あくまで売買契約に基づく調査として実施していた。
当然、その対応は農政事務所によってバラバラであった。メタミドホス汚染米などを不正に横流しをしていた三笠フーズに対する農政事務所の調査は、食用を目的とした製粉加工原料米の販売における加工検査と全く同じやり方で実施していた。実際、「加工原材料用米穀の販売要領」をそのまま適用していたのである。事実上、加工工場で製粉加工が行われていることを、目視だけの検査と台帳による在庫数量の確認に終始し、販売目的の工業用のりに最終的に加工されていたかどうかといった基本的な確認さえ行われていなかった。こうしたことに、農林水産省のいずれの組織もこれまで疑義を全く抱かなかったことは、異常というべきである。
三笠フーズには、平成16年8月9日から、平成20年8月19日までの間、一般MA米も対象に、在庫確認を含め96回の立ち入り調査を行っている。しかし、そもそも不正横流しを防止する検査体制、検査内容になっておらず、いくら調査回数を重ねても不正横流しを見抜けなかったのは、当然の帰結である。
なお、農林水産省によれば、法律上、汚染米の取り扱いは「食糧法」に基づき行っているという。他に根拠法例がないから食糧法を無理に解釈したとも見える。しかし、常識的にいってもおかしな説明である。この点をとっても汚染米の処理に対する農林水産省の無関心と無責任ぶりが現れているといえる。農林水産省が行う汚染米の処理については、法的整備も必要ではないか。
(職員意識、幹部職員と現場職員の意思疎通のなさに大きな問題)
農林水産省が、汚染米を売却するに当たって、不正横流しを防止しなければならないとの問題意識が全くなかった。背景には、大量に発生する汚染米の引き取り手が三笠フーズなど数社に限られており、汚染米を早期に売却したい農林水産省にとって、こうした業者に厳しく対応し難い事情もあったと推察される。
しかし、農林水産省の本省、農政事務所を問わず職員意識に根本的な問題があったというべきであろう。そもそも、一般MA米の食用加工調査と同じ手続きで汚染米処理の調査をしてきた実態が示しているように、省全体に「汚染米の処理」という特殊な検査を実施しているという問題意識が欠落していた。また、これが誤って食用として市場に流通した場合、どのような混乱が生じるかなどについて考慮されていた形跡もほとんどない。驚愕すべき実態といっていい。
また、汚染米の処理に限らず、現場の農政事務所と本省、その間にある農政局との間の意思疎通のなさを痛切に感じさせる。
農政事務所においては、上から言われたことだけ、決められたことだけをやっていればいいとの現場職員の主体性の欠如と、問題に気づいても上に上げないという無関心さを挙げなければならない。こうした仕事に対する職員意識・姿勢が何に由来するものなのか、十分な検証が必要であろう。
さらに、本省幹部職員については、数多くの出先機関がありながら、現場業務を経験することなく昇格していく人事システムの中で育つことから、現場業務についての理解、関心の薄さが根底にあると思料される。農政事務所職員と本省幹部職員には埋めがたい溝があるのでないかとすら感じさせる。人事のあり方についての根本的な見直しが必要ではないか。
実務は、ほとんど官僚に任せっぱなしで、結果的に、問題の把握、解決などに対し主体的に動くことをしなかった歴代大臣、副大臣、政務官の怠慢も深く反省されるべきである。
(汚染米の不正横流しは特定の会社の問題としてではなく、長年見逃されてきた流通システムの問題として捉えるべき)
汚染米の不正横流しは、三笠フーズなどでは、少なくとも、証拠書類が残っている平成15年から行われているが、それ以前から恒常的に行われていた可能性が高い。
「中国産毒入り冷凍餃子」事件で、メタミドホスが大きく取り上げられたこともあり、メタミドホス汚染米などの不正横流しにもっぱら注目が集まっている。しかし、汚染米の不正横流しは、メタミドホスやアフラトキシンなどの有害物質の汚染米だけを対象に行われたのではない。また、こうした特定の汚染米の不正横流しから不正横流しが始まったわけでもない。
汚染米の不正横流しは、平成15年よりも前から行われていたと考える必要がある。三笠フーズなどの業者を頂点とした不正な横流しを可能とする米流通システムが出来上がっていた、あるいは、いつでも構築できる状態にあったところに、メタミドホス汚染米等の政府売却が行われたと考えるべきである。
順序として、メタミドホスを始めとした汚染米の流通実態を、まず優先的に明らかにすることは、消費者の不安を取り除くとともに、言われなき風評被害などによって経済的損失を被った業者などへの支援を早急に行うためにも適切な対応であった。しかし、同時に、汚染米の不正横流しは特定の米穀業者に限定された問題として整理するのではなく、米穀の流通システムの問題という観点からの解明も不可欠であることを忘れてはならない。
(二段階に分けられる今回の事件)
今回の事件は、大きくは二段階で考える必要がある。
一般カビ米などの汚染米不正横流しは相当以前より行われ、それを防止するための農林水産省の監視体制は全く取られておらず、不正横流し流通システムも放置され続けてきた。これがまず、第一段階の問題である。
次に、こうした中で、アフラトキシンやメタミドホス汚染米など毒性の強い汚染米が、工業用への使用を前提として売却された.。それらは「事故米」として一つの括りで取り扱われ、放置されてきた不正横流し流通システムにのって食用に横流しされた。これが第二段階の問題である。
政府が設定した有識者会議では、真剣な議論が展開された。しかし、その議論は、なぜか、ここでいうところの第二段階の問題だけに限定されている。これでは、今回の事件の範囲を狭くしたことになるのではないか。確かに、アフラトキシンやメタミドホスは有毒性が高く、その扱いに特別の注意を払うべきであった。その限りにおいて、今回の事件の実態解明に向け、この部分に時間と労力の多くを費やしたことは妥当であろう。しかしながら、最初から議論をこれだけに限定したのでは、問題の大きさも始めから限定することになり、事件の全貌を明らかにすることにはならないであろう。内閣府と農林水産省が意図的に、範囲を限定したとも見える。また、臨時に特定の目的をもって政府内に設置された機関であり、議論も範囲を絞り込まざるを得なかったともいえる。
政府米、MA米を問わず一般カビ米の横流しも食品衛生法違反であり、その不正横流しを長年放置してきた責任が問われなければならない。メタミドホスなど毒性の強い汚染米の不正横流しは、それ以前より行われてきた汚染米の不正横流しの一部である。毒性の強い汚染米であるがために、特に大きな注目を集めることになった。汚染米の不正横流しは、それが防止できなかっただけではなく、長い期間にわたって放置されてきたことが問題である。事件についての責任は、こうした脈絡の上で、厳しく問われなければならないはずである。
(流通システムの徹底解明を)
政府には、仲介業者と三笠フーズ等との関係、なぜ、仲介業者が複雑に絡んだ流通構造となったのか、などを含めた不正汚染米流通システム全体の実態解明、それを踏まえた厳正な措置、今後に向けて法改正を含めた再発防止策を構築する責任がある。特に、仲介業者の果たした役割、不正性などについての説明が政府からほとんどされておらず、依然としてその実態は不明のままである。こうした実態解明なしに、米のトレーサビリィティシステムの導入などによって今回の事件を終わらせることは絶対に避けなければならない。
なお、三笠フーズには、一般MA米も食用の加工米として販売していたが、これらが、加工されないまま国産米として流通されたり、国産米粉として販売されていた可能性も否定できない。政府によるこの実態解明も必要である。
また、平成16年の改正食糧法の施行によって米穀業者の営業参入が登録制から届出制へと変更され、原則誰でも米の出荷・販売が可能となった経緯がある。三笠フーズ等を頂点とした多数の仲介業者が絡んだ流通システムが形成されていたことと、参入規制の大きな緩和との関係については、早急に、専門家等による分析を踏まえた政府としての総括が必要であろう。
(メタミドホス汚染米の売却は、従来の検査体制等を見直す契機だった)
メタミドホス汚染米については、食品衛生法第11条に該当する残留農薬基準を上回る汚染米であり、政府のいうところの「事故米穀」の中では、質的にも量的にも異質のものである。また、アフラトキシンは毒性の強いものであり、その扱いには特別の配慮がされるべきであった。すなわち、こうした汚染米が政府倉庫で見つかって、それを売却することは、それまでの検査システムを再検討すべき機会でもあったはずである。にもかかわらず、農林水産省は、そういう問題意識すら持たず、それを怠ったことになる。
(告発文書への杜撰な対応)
また、平成19年1月及び2月には、メタミドホス汚染米の売り込みが行われているとする東京農政事務所に送付された2通の告発文書に対し、充分な対応がされず、不正横流しを放置することになった。
特に、三笠フーズが厚生労働省認可の検査機関に依頼したメタミドホスに係る残留農薬検査証書が添付されていたことの異常性、重大性を看過したことは理解し難い対応であった。米の流通に際し、残留農薬の検査証が添付されることは通常ではあり得ない。しかも、メタミドホスに特化した検査であったことは異常に異常を重ねている。告発者もこうした異常性に気づいたことが、告発の大きな動機になったと考えられる。さらにいえば、告発文書が寄せられたのは、メタミドホス汚染米を売却した東京農政事務所であった。これだけの材料がそろっていながら、農林水産省はこの検査証について何の対応もしていない。
売り込みが行われているとの告発に対し、結局、在庫検査しか行われていない。しかも、検査の結果、3袋は不明で、その原因も明らかにされていない。調査が済めば、その汚染米が不正横流しされるかもしれないとの問題意識がないまま、その後の調査等に何ら特別の対策は講じられなかった。結局、三笠フーズに対する農政事務所の調査は、それまでと同様の調査が継続されたのである。また、厚生労働省などとの情報共有、交換なども一切されず、縦割り行政の弊害が顕在化した。
告発文書が本省の食糧部長以上に上がっていなかったことは、それ自体が問題であると同時に、そのような仕組みになっていなかった体制が問題である。
○検疫で不合格となった汚染米について(商社ルート)
(誰も監視していなかった流通実態)
輸入の際、検疫で食品衛生法違反となった汚染米等について、契約に基づき、いったん政府が買い入れ、それを輸入商社が買い戻した後、非食用米として国内流通させることを是認してきた。政府にとっては、MA米の輸入枠の一部を低コストで満たすことができた。一方、輸入業者には、シップバック、廃棄に係る負担を免除でき、双方にそれぞれ経済的なメリットがあった。
その後、非食用として消費されたどうかの確認については、商社が汚染米の売却先、売却先の使用目的などの書面報告(法律上は任意)を検疫所に行うだけで対応してきた。国家貿易で輸入された米から発生した汚染米でありながら、事実上、その流通実態は、どの行政組織も把握していなかったことになる。
結果として、商社ルートにおいても、アセタミプリドに汚染された汚染米等が市場に流され、食の安全をないがしろにし、風評被害対策などに多額の国民負担を伴うことになった。
その後の農林水産省が厚生労働省と共同で実施した「輸入時に発生した食品衛生法違反の輸入米穀の調査結果」(平成20年11月28日)によれば、MA米の商社ルート7,095トンの内、一斉調査によって三笠フーズルートの815トンが不正横流しされていることが確認された。さらに、141トンが警察の捜査対象になっているため確認中である。つまり、全体の1割以上が不正に食用に転用されていたことになる。
厚生労働省は、検疫所が、輸入業者から汚染米の加工処理計画書や措置完了報告など受けることになっているにもかかわらずそれを怠っていた例があること、書面の内容について輸入業者に対する調査も行っていなかった等の実態を踏まえ、食品衛生法の見直しも含め抜本的な対策を講じることが必要である。
流通実態を調査する体制すら取ってない中で、アセタミプリド汚染米など検疫不合格となった汚染米を国内流通させていた政府の姿勢には、きちんとした反省があってしかるべきである。今回の事件で、農林水産省の責任だけが脚光を浴びているが、商社ルートにおいて、汚染米の不正横流しを放置したことについては、厚生労働省にも重い責任がある。
また、今回の事件は、BSEと同様に、食の安全行政をめぐる農林水産省と厚生労働省の縦割り行政の狭間に発生した。幾度となく指摘されながら縦割り行政の弊害は、根強くはびこっている。もはや、組織的な改編によってしか解消できないのではないかと断定しざるを得ない。
なお、民主党は、食の安全行政の一元化をめざし、農林水産省の組織再編を行い、そこに厚生労働省の食の安全部門を統合した食品安全庁構想を打ち出している。
(農林水産省が説明すべき課題)
商社ルートでは、工業用として販売されたアセタミプリド汚染米を除き、一般カビ汚染米については、多くが飼料として当初の目的に沿った処理がなされている一方、政府保管の汚染米については、大量の不正横流しが発生している実態が明らかとなった。また、一般カビ米の処理は、商社ルートではもっぱら飼料用として売却しているのに、政府ルートでは工業用として売却しており、この点においても両者の違いは鮮明になっている。一般的には、飼料用として売却した方が、工業用として売却するよりは高く売れるはずである。政府ルートでは、なぜ、飼料用として売却せず、わざわざ工業用として売却しているのか。なぜ、飼料用として販売していた商社ルートで、横流しが少ないのか。
こうした点についての説明は、農林水産省から一切説明されていない。精査の上、国民に説明すべきである。
○市場に残っていた可能性のあるメタミドホス汚染米を放置
(市場にはメタミドホス汚染米が残っていた可能性を無視)
メタミドホス汚染米は、農薬使用に係るポジティブリストの導入(平成18年5月29日施行)に伴って平成18年度までに実施された政府在庫米の検査によって特定された(約3,500トン)。平成15年度に輸入された中国産モチ米がこれに該当する。ただし、この段階では一般MA米として扱うことに制度上何ら問題はなかった。
平成15年度に輸入された中国産モチ米は、平成18年度までに1,550トンが一般MAモチ米として売却されている。問題は、平成18年5月のポジティブリストの導入に伴って平成15年度に中国から輸入されたモチ米が残留農薬基準を超えるメタミドホス汚染米と特定された段階で、市場には未加工の平成15年度に輸入した中国産モチ米が残っていた可能性があることである。当該モチ米はその段階で、食品衛生法上、食用に適さないモチ米として回収対象となったはずである。
ところが、農林水産省は、厚生労働省の定めた経過措置の適用を盾に、メタミドホスが検出された段階で、すべてが加工されたと勝手に解釈した。すなわち市場に未加工のモチ米があるかどうかの実態把握すらせず、事実上放置したのである。
消費者に対してこれまで、1,550トンが食用として売却されたとの説明はなく、したがってこれに係る農林水産省の対応も知らされることはなかった。また、当該モチ米について、食品安全委員会へのリスク評価を依頼する、すでに出回ったモチ米の安全性についての情報提供をする、といったこともなかった。さらに、食品衛生法を所管する厚生労働省とその取扱いについて、協議することもなかった。
(消費者を無視した不作為)
メタミドホス汚染米の一部は、すでに一般MA米として売却され、消費されているが、これまで健康上の被害は報告されていない。こうしたことから、農林水産省内にはメタミドホス汚染米は、「安全」との意識さえあったとも推察される。すなわち、メタミドホス汚染米は残留農薬基準を上回る米穀との意識はほとんどなかったことになる。
これは、消費者を忘れた、あるいは全く無視した怠慢であり、行政の不作為と断ずべきである。面倒なことにはふたをするという農林水産省の姿勢を垣間見ることもできる。農林水産省のコンプライアンスという観点からも重大な問題である。ここにも、消費者保護行政の欠如を明確にみることができる。
15年度に輸入されたメタミドホス汚染米は食用にされても問題はない、との意識があったとすれば、平成18年、19年に売却されたメタミドホス汚染米などの不正横流しに対する、行政の不作為といえる対応にも連動したことは容易に想像できる。
汚染米の不正横流しを防止できなかった原因を追及するに当たっては、メタミドホス汚染米の売却に際しての、売却済みであった平成15年度に輸入した中国産モチ米への農林水産省の取扱いについて、十分な検証と反省が不可欠である。
○全く生かされていないBSE発生の教訓
消費者の食の安全に対する信頼感や健康保護を優先せず、汚染米の処理だけを急いだ政策は、結果として、善意の米穀業者や消費者に大きな負担となって返ってきたことはBSEの発生と全く同質である。
平成14年4月2日に、BSE問題に関する調査検討委員会がまとめた「BSE問題に関する調査検討委員会報告」では、行政対応の問題点・改善すべき点として、1.危機意識の欠如と危機管理体制の欠落、2.生産者優先・消費者保護軽視の行政、3.政策決定過程の不透明な行政機構、4.農林水産省と厚生労働省の連携不足、5.専門家の意見を適切に反映しない行政、6.情報公開の不徹底と消費者の理解不足、7.法律と制度の問題点及び改革の必要性、の7点が指摘されている。今回の汚染米の不正横流し事件に、そっくりそのまま適用され得る総括となっている。つまりBSE発生の教訓が全く生かされていなかったことを明確に示している。
○ 事件の重大性を看過
(国民の不信感を拡大した初期対応)
食品偽装問題や食の安全を揺るがす大きな事件が、ここ数年続発していた。また、事件
は、政府が保管していた米から発生した「事故米」を、業者に工業用加工米として売却し
たものが、食用として不正横流しされたものであった。もともとの出所である農水省の責
任が免れないことは、国民の目には明らかであった。にもかかわらず、メタミドホス汚染
米などの不正な横流し事件が明るみとなった当初、農林水産省はこの事件の重大性を理解
していなかった、あるいは逆に理解していたがゆえに、ひたすら事態の沈静化を図ること
に躍起になる、あるいは、省の責任回避のみに努めるが如くの対応をした。こうした姿勢
は、農林水産行政に対する国民の不信を一気に増大させることになった。
農林水産省は、事件の発覚とともに、まずは、大臣が事態発生について国民に陳謝し、大臣主導によって直後に省内に対策チームや実態の解明のチームなどを立ち上げるべきであった。当初の農林水産省の対応は、こうしたあるべき姿とは全くかけ離れたものであった。
太田(前)農林水産大臣の、メタミドホス汚染米は「安全」との発言は、汚染米の不正横流しは大きな問題ではないとの見解を、農林水産大臣が国民に表明したと受け取れる発言であった。国民の意識とのずれは大きく、大臣自身の信頼性は一気に低下した。
また、白須(前)農林水産事務次官の記者会見における、業者に責任があり、農林水産省に責任はないかの如くの発言は、前後の話の脈絡はどうあれ、次官の資質の問題としてのみで片付けられない発言であった。太田大臣発言と相まって国民の行政への不信はここで大きく増大した。
他の不適切な発言などもあって太田大臣は辞任、白須次官も辞任に追い込まれたのは当然の帰結であった。しかし、前大臣、前次官のこうした発言はいずれも個人的な発言ではなかろう。農水省全体に漂っていた雰囲気というものであったと断言せざるを得ない。
農林水産省の担当職員による当初の説明、対応も、まるで他人事のような極めて事務的なもので、事態の重大性の認識が極めて薄いことを感じさせた。問題を自らの手で洗い出そうとすることはなく、問いただされたこと、要求されたことだけに対応しようとする姿勢は、最後まで変わることはなかった。
(消費者軽視の一方で、政権には入念な対応)
こうした発言等と時期を同じくして、農林水産省内では、野党からの資料要求には、提出前に自民党国対の了解をとることを旨とする、官房作成の文書を省内に配布していたことが発覚して大きな騒ぎとなった。結局、当小委員会や国会での予算委員会などでの野党からの厳しい追及などによって、この文書は撤回された。しかし、消費者や食の安全安心に対する配慮は欠く一方、自民党には十分な配慮をする農林水産官僚の保身体質と、農林水産省と自民党の癒着ともいえる異常な政官関係が露呈した。
(場当たり的対応が風評被害を拡大)
さらに、事件発覚当初の対応の不手際は、その後の政府の後手の対応へと連動した。
消費者の不安の声に押されて、汚染米の販売流通加工に関わった業者名の公表を、急いで行った結果、汚染米と知らず購入したものの、調査時点で食用に加工・販売していない業者名まで公表してしまった。この結果、無用な風評被害を招いてしまったといえる。消費者の食の安全への不安を解消するため、汚染米流通に関しての的確な情報を提供することは政府の責任である。流通に関わった業者の中で、例えば、菓子の製造販売店のように消費者に直接販売をする業者は例外なく公表することは、適切かつ止むを得ない措置であった。しかし、中間の取り扱い業者については、公表の基準をあらかじめ設定しておくことが必要であったのはないか。
事件の重大性をいち早く認識せず、世論などに押されやっとその重大性に気づき、関係業者名に公表に踏み切ることになった。しかし、公表の仕方などについて充分な検討もせず、省としてどのように対応すべきかの方針を全く持たないまま、場当たり的対応となった。
(総括と深い反省が必要)
以上のような、事件が発覚した際の農林水産省による一連の対応は、「危機意識の欠如」や「危機管理体制の欠落」といった常套句で総括すべきではない。それでは、部分的な問題となってしまう。その根底にある農林水省の体質的な問題を十分に見極める必要があるのでないか。汚染米の不正横流しを防止できなかった、あるいは長年にわたりそれを見過ごしてきたことと並んで扱われるべき重大な問題であり、このことの総括と反省が必要である。
○汚染米の例外なき廃棄、シップバックの義務づけは正しい選択か
今回の事件を受け、農林水産省は、今後、汚染米は、その種類にかかわらず、保管中に発生したものは、全量を焼却等の廃棄処分とすることにした。また、輸入検疫で発見されたものも全量、シップバックもしくは廃棄処分することとされ、市場に出回ることはないという方針を確定しその旨表明している(平成20年9月22日)。これは、一見断固たる措置で、一応消費者の理解も得ているといっていい。しかし、汚染米の取扱いについて余計なことをして批判を受けるよりは、何もしない方が無難という、単なる責任逃れの措置と受け取れる。不正横流しの監視責務が無くなり、農林水産省にとって最も都合いい措置とも言える。汚染米の不正横流しが、これまで、なぜ防止できなかったかの検証は行われた。しかし、その反省に立って監視体制を強化し、今後も、不正横流しを止めるための検証はなされていない。
確かに、政府の設置した有識者会議の報告では、汚染米を売却したことそれ自体が問題であった旨の結論を出している。しかし、その検討範囲はメタミドホスなど残留農薬基準を上回る汚染米などに限定されていた.。
不正横流しは限定された特定の業者で行われており、工業用等として買い受け、きちんと処理していた業者は多数あったことにも留意が必要であろう。
商社ルートでは飼料用として販売された一般カビ汚染米は、多くが購入目的通りに使用されていたとの報告も出ている。
いうまでもなく、米は国民の主食であり、貴重な食べ物である。したがって、汚染米といえども、米を大事する、できるだけ使えるものは使っていくという「もったいない」精神は忘れてはならない。
残留農薬基準を上回る、あるいは有害なカビ毒などに汚染された汚染米については、廃棄等によっていかなる形でも市場に出回ることがないようにすることが必要である。しかし、それ以外の一般カビ汚染米などについては政府ルート、商社ルートを問わず、以下のような条件が満たされれば、需要に相当する量について食用以外の用途での売却を継続することを検討すべきであろう。
・ 農林水産省が、今回の事件の深い反省の上に立ち、不正横流しを防ぐしっかりとした監視体制を構築すること(構築できない場合には、なぜそれができないのか明確にすること。)
・ 食用以外の用途として明確な需要があることを確認すること
・ 売却先がこれまで買入れ目的通りの加工を適正に行ってきた業者であること
○農政事務所の原則廃止について
今回の事件を受け、農林水産省は「地方農政事務所の廃止」の方針を打ち出した。
農政事務所の廃止は、無駄を省く、組織のスリム化という観点から積極的に検討を進めるべきである。
しかし、問題はその理由である。汚染米の不正横流しを防止できなかったという理由で、農政事務所の廃止を提言しているとの印象を与えている。BSEの発生の際、省内には、畜産技官の不祥事の結果であって省全体の問題ではないとの空気があったといわれている。汚染米の不正横流しも、省全体の問題ではなく、農政事務所の不祥事が原因との認識があるとすれば、筋違いというべきであろう。
農政事務所は汚染米の不正横流しを監視することだけを業務としているわけではない。もちろん、汚染米の不正横流しを防げなかったことの責任の多くは農政事務所にある。しかしだからといって、今回の事件発生を理由に農政事務所を廃止することは、今回の事件が発生した責任はもっぱら農政事務所にある、と断言することと同じであり、それは実態とは、かけ離れた認識ということなる。
見方によっては、本省に在籍する課長以上のポストにあるメンバーだけで固めた農林水産省改革チームが、農政事務所の廃止という一見衝撃的な対応策を打ち出すことで、今回の事件の幕引きを図ろうとしているのでは、との疑いも浮かぶ唐突感がある。
農政事務所の廃止については、その本来の役割と実際の業務に対するニーズとの関係から論ずべきである。現場の実態も踏まえた冷静で緻密な議論がされて然るべきであり、その検討の上に廃止等の結論を出すべきである。
なお、民主党は、食の安全行政の推進には、行政指導や市場の監視に現場の地方事務所が不可欠であると考えている。農政事務所の徹底的なスリム化を行った上で、こうした役割を持つ事務所への転換を進めることも選択肢の一つとして視野に入れるべきと考えている。
○まとめ ―事件の検証は十分行われたのか−
汚染米不正横流し事件が、国全体を揺るがす大問題にまで至ったのは、国民の主食である「米」を巡って発生した食の安全を大きく揺るがす事件であり、しかも、農林水産省を始めとした行政の不作為に大きな原因があったことにある。したがって、まずは、「何があったのか」、「なぜそうなったのか」といった、基本的な事実に関しての実態解明が詳細にされ、国民の前に明らかにされることが必要である。
政府が設置した有識者会議は、真剣な議論を重ね、内容のある報告書をまとめた。委員の方々には敬意を表したい。この報告を受け、農林水産省は前例がない規模での関係職員等の処分を行った。農水大臣によって設置された省内の改革チームも、かなり踏み込んだ報告をまとめた。
しかし、政府、農林水産省によって、果たして汚染米の不正横流しの全貌がどれだけ明らかにされたのだろうか。有識者会議の議論はメタミドホス、アフラトキシン、アセタミプリドといった特定の有害物質に汚染された汚染米の不正横流しに限定された。省内の改革チームのいうところの「今回の事件」は、何を指すのかの定義はされておらず、その範囲は不明である。米の流通問題を検討した検討会も今後の対策についての議論に特化した。
汚染米の不正横流しは特定の有害物質による汚染米を対象に、突発的に発生したのではない。政府米、MA米を問わず一般カビ米も不正横流しの対象となっていた。正規のMA米が、国産米になって流通していた可能性も否定できない。
不正横流しは、米穀流通の一角に潜んでいた不正流通システムを介し、構造的、恒常的に行われていたと考える必要がある。そして、農林水産省はこれを長年にわたって結果として放置した。三笠フーズに対する96回に及ぶ農政事所の検査の杜撰さが、大きくクローズアップされた。しかし、汚染米に対しては、同じ検査が正しい検査として、それ以前より何回も行われてきたのである。こういう中で、特定の有害物質による汚染米も不正に横流しされた。
こうした観点は、政府、農林水産省による検証では完全に欠落している。結果として事件を矮小化したことにつながるのでないか。
職員等の処分も、事件を限定して捉えたうえでの処分とすれば、そのことを国民に説明する必要があろう。
また、政府ルートに議論が集中したことは当然としても、商社ルートに議論が及ぶことはほとんどなかった。その流通実態の全貌が明らかにされたのは、有識者会議の報告などが出た時とほぼ同時期であった。不正横流しを監視する仕組みが全くなかっただけではなく、政府は流通実態すら把握していなかった。しかし、政府の検証の中で、こういったことが問題視されることはなかった。
メタミドホス汚染米が特定され、食用としての流通が禁止された段階で、市場にメタミドホス汚染米が残っていた可能性があるにもかかわらず、農林水産省が全く何もしなかった。食の安全を担う官庁のあるべき姿勢、コンプライアンスという観点からも大きな問題である。しかし、この点に関しても十分な総括と反省がされたとは思えない。
政府、農林水産省による汚染米の不正横流しについての検証は、これで終わったとすれば、不十分としか言いようがない。検証が良かったのかどうかを検証する必要すら出てきかねない。
さらに、今回の事件の根底には、本省と現場との間の意思疎通不足がある。にもかかわらず、農林水産省に設置された改革チームは本省の課長以上のメンバーで構成された。職員派遣の問題もあり、こういう体制にならざるを得なかったと思われるが、問題は、彼らが現場の声をどれだけ聞き、現場業務にどれだけ精通していたかである。こうした条件が欠けていたとすれば、その報告書がいかに真剣な言葉でまとめられていたとしても、言葉だけとなり、国民にも省全体にも浸透しないのではないか。今回の事件に対しては、農林水産省全体としての深い反省と、本省、現場事務所一体となった省を挙げての総括、国民への説明と真摯な謝罪が必要であったはずである。これが十分に行われたとは思えないのである。
結局、農林水産省は、最後まで主体的に、主導的に問題の全貌を明らかにすることはなかった。全体像を自らが徹底的に明らかにすることが、最大の反省でもあるはずである。
といって、官僚自らに、それをやれというのは、自分で自分の手術をやれというようなもので、酷であろう。そこで、それを後押しするのが、農林水産大臣、副大臣、政務官とである。彼らは今回の問題を自らの問題としてどれだけ真剣に考えただろうか。省内の議論をリードする、自ら問題提起する、といった積極的な動きを感じさせられるものは、ほとんどなかったのではないか。
十分かつ詳細な実態解明、その上に立つ真摯な反省がない限り、同じことはまた起こりうる。このことを肝に銘じておくべきである。
現在の政治的枠組みのもとでは、残念ながら、そうならないことを願うしかない。
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