民主党・新緑風会 本岡 昭次
私は、民主党・新緑風会を代表して、小渕総理の施政方針演説に対し、総理並びに関係大臣に質問いたします。
この147通常国会は、人類の歴史の転換期である21世紀を目前にし、その21世紀への確かな方向を創造していかねばならない極めて重要な国会であります。
しかしながら、政府・与党は、「衆議院定数削減法案」の国会冒頭成立をめぐり、自由党の連立政権離脱か自自合流かという政治ゲームに狂奔し、国会を機能マヒに追い込みました。衆議院において、1月26日に委員会与党のみの強行採決、続く27日には、「2月2日本会議採決の議長裁断」を拒否して、与党のみの本会議強行採決という暴挙をおこなったのです。
法案が送付された参議院においても自自公は、まさに問答無用と、付託された委員会での審議どころか、法案の趣旨説明も無いまま、2月2日の本会議に中間報告を求めて、与党のみで強行採決し参議院の自殺行為を行ったのであります。
一方、総理の施政方針演説、代表質問、予算委員会も、出席者は与党だけという前代未聞の国会運営を行いました。これは、自自公という巨大与党の驕りと数の暴力であります。
さらに、看過することができないのは、衆参議長に対する政府の有無を言わさぬ介入であります。参議院での採決についても、斎藤議長が「異常な形で議事を進めざるを得なかったことは、誠に遺憾であり、参議院の独自性を守れなかったことについて、自分の力不足を痛感している」と今回の採決を先例としないとの反省を込めて発言をされたように、政府の介入は異常なものでした。
青木官房長官が、2月2日採決の至上命令を参議院与党・議長に行ったことは、誰も否定できない事実であります。憲法第41条に明記されているように、国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関である国会を、内閣が支配するような言動は、国会と議会制民主主義を破壊させるファッショ政治そのものであります。
政権維持しか眼中にない総理や与党の姿勢こそが国会を機能マヒさせたのであります。小渕総理の政治責任はまことに重大であります。かって細川政権時代、私が政治改革特別委員長として細川総理と官邸でお会いしたことを自民党に厳しく責められ、議会と政府との関係において中立を犯したと委員会で謝罪させられたことがあります。
今回の参議院に対する議会介入を、小渕総理並びに青木官房長官に猛省を促すとともに、その責任をどのように感じておられるのかお聞きしたい。
また、民主主義を危機に陥れようとした2月2日採決とは、一体何であったのですか。2月2日以降の成立であれば、どのような重大な問題が発生したのですか。小渕総理と陣頭指揮された青木官房長官、国民が理解できるように明解な説明を求めます。
さらに総理の施政方針演説も、確固たる理念の裏打ちがなく、単に言葉の遊びと羅列に過ぎず、この2000年冒頭の改革と創造の歴史的な国会に臨む決意がさっぱり伝わってきません。今回の度重なる与党のみの単独審議、単独採決の強行によりはっきりしたことは、自自公連立政権は、政策の是非でなく党利党略で動いているということであります。
もともと小渕・自自公内閣は、一度も選挙の洗礼を受けていない「モグリ政権」と言われています。小渕総理は一日も早い解散総選挙によって、国民の信を問うべきです。総理、堂々と国民に信を問い、沖縄サミットの議長をお務めになればいいじゃありませんか。
ところで、小渕総理、1998年10月に古川秘書のドコモ株の取得経緯について国会で追求されています。200万円であったそのドコモ株が時価25億円に大化けしています。小渕総理は、このドコモ株の取得について、関知、関与していないのか。本当の所有者は総理自身ではないのか。国民に明快に説明する義務があります。総理に説明を求めます。
さて、21世紀は、「解体」から「創造」の新しい世紀だと言われています。 情報技術革命によって世界が一つになり、個人が、大変な力を発揮できる時代がやってきました。グローバリゼーションの大波が押し寄せ、これまで想像もできなかった新しい世界が生まれようとしています。日本も、個人の能力を最大限に生かす社会への転換が迫られています。
そのためには、リスクを取ることを恐れずチャレンジし、苦しいことに耐える勇気を持ち、お互いに助け合う共生の社会をつくりあげ、真の能力主義と真の公平を推進していかねばなりません。同時に、あらゆる意味で差別をなくし、教育、雇用、福祉、環境など基本的なものに、セーフティーネットを張り巡らすことが極めて重要な課題となってきました。
まず、こうした新しい時代への転換について、小渕総理の認識を聞いておきたい。
私は、新しい時代へ転換する力は、教育にあると考えています。小渕総理も、「国家の基本は人であり、教育は国家百年の大計の礎を築くもの」と、教育改革を重要課題とするお気持ちのようであります。しかし、総理は施政方針演説で「教育立国」を表明されただけで、それを実現していく教育改革の具体的政策は何もなく、例により総理お得意の諮問機関「教育改革国民会議」へ丸投げであります。このような問題の先送り無責任小渕総理のもとでは、真の教育改革は期待できません。
私は、1986年通常国会の代表質問で、当時の中曽根総理に「いじめ、高校中退などの教育荒廃問題を取り上げ、政治が教育を大切にしないと未来から報復されますよ」と訴えたことを思い起こします。今日までの15年間、国の教育政策の無為無策が残念でなりません。
この4月に東京と沖縄で開催される「G8教育大臣会合」のねらいは何ですか。開催国日本の総理として「教育立国」を実現していく教育改革の具体的政策が提示できないようでは恥ずかしい限りです。是非とも教育改革の具体策を示し、その教育改革を実現していく決意を披瀝して下さい。
私は、新しい時代を担う世代のために、子ども・青少年の課題を見据えた教育改革について総理と議論したいと思いますが、総理に、教育を政治の最優先課題とする決意がおありですか。まずお伺いします。
さて総理もご存知のとうり、 昨年ドイツのケルン・サミットで「生涯学習の目的と希望」という「ケルン憲章」が出されました。サミット構成国は日本を除き、ほぼ共通して教育を国家政策の最優先事項としているようですが、その実状を、総理にお伺いします。
この「ケルン憲章」の前文には、「すべての国が直面する課題は、学習する社会となる来世紀に必要とされる知識、技術、資格を市民が身につけることを、どのようにして確保するかである。経済や社会は、ますます知識に基づくものとなっている。教育と技能は、経済的成功、社会における責任、社会的一体感を実現する上で不可欠である。」
また「来世紀は、柔軟性と変化の世紀と定義されるであろう。今日、パスポートとチケットにより人々は世界中どこへでも旅することができる。将来には、流動性へのパスポートは、教育と生涯学習となるであろう。この流動性のためのパスポートは、すべての人々に提供されなければならない。」と述べています。
さらに、基本原則には「人々への投資に対する見返りは、これまでになく大きいものであり、また、その必要性はこれまでになく高くなっている。それは、雇用、経済成長、社会的・地域的不平等の縮小の鍵である。来世紀に移行するにつれ、知識へのアクセスは、収入と生活の質の決定要因として、最も重要なものの一つとなるであろう」としています。
総理、この「ケルン憲章」は、来たるべきグローバリゼーションの時代を日本がどのように生き抜いていていくべきかという課題に対し、実に示唆に富んだ提案をしていると考えます。
教育への投資は、雇用、経済成長、社会的・地域的不平等の縮小の鍵と位置付け、教育こそが、社会を改革する力の源泉であり、変化の激しい流動的な社会を切り開く力であるとしています。
総理、この「ケルン憲章」に対する認識と評価について率直な考えを聞かせてください。
教育改革の論議は、子どもや教育現場が直面している喫緊の課題を十分に認識していなければなりません。復古調の愛国心等を求める与党の短絡的な「教育基本法改正」などは、教育改革にとって有害無益であります。総理の見解を求めます。
そこで総理、総理は、我が国の子どもや青年の4人に1人が「無業・不明・中退」と推計されていることをご存知でしょうか。
文部省の学校基本調査を基にした推計によると、1990年3月の中学校卒業生198万人余を、1997年3月の4年制大学卒業時点まで、進学・就職・中退・無業・不明について追跡していきますと、「無業・不明・中退」は198万人中54万人と推計されたのであります。簡単にいえば、4人に1人のドロップアウトが生じているのであります。これは、我が国にとって大変なことです。
就職難の今日でも比較的求人の高い東京、神奈川でも、高校を卒業して就職する生徒よりも「無業者」が上回っております。また近年では、若者の「自発的失業」が増加していることも大きな課題として報告されております。
我が国が、未曾有の超高齢化社会に入りつつある今日、ただでさえ少ない将来を支える子ども達の4人に1人がドロップアウトするとすれば、この国の将来はどうなっていくのでしょうか。多くの若年失業者を抱えていた欧米の国々において、教育こそが政治の最優先事項であるとの合意に達したのは、教育こそが社会的セーフティネットの最も主要なものであるとの認識からであります。
私は、若者の4人に1人がドロップアウトしているかもしれないという、我が国社会の大変な現実を直視し、いまこそ「ケルン憲章」を踏まえ、教育を社会的セーフティーネットとして、政治の最優先課題にすべきであります。総理のご所見をお聞かせ下さい。
問題は、なぜこのようなことになってしまったのか、ということです。多くの要因があるでしょうが、私はここで「学び」に関する子どもの受け止め方として考えてみたいと思います。
1995年と99年に、我が国も参加した「国際教育到達度評価学会」の「数学・理科教育調査」が行われました。テストの成績は、小中学校でトップクラスを占めたものの、数学や理科が嫌いと答えた子どもの数は最も多く、数学や理科の学習が生活に取って大切であるとか、将来、そのような職業につきたいと考えている子どもの数も、極めて少ないことが明らかになっています。
日教組の小学校調査でも、4割を超える小学生が算数を「嫌い」と答えています。また、中学2年生の自宅学習時間は小学生よりも少ないという生活調査もあります。私には「学ぶ意欲が見られない」「自ら打ち込んでいかない」という教育現場の悲鳴が伝わってきます。受験競争や受験準備教育がもたらした弊害です。
たしかに、まだ日本が高度経済成長を達成していく途上にあっては、「受験」というハードルは、「学び」にもインセンティブを与え得たでしょう。テストの結果が良ければ、いい大学にも入れたし、いい企業にも就職もできた。そうすれば、生涯豊かで安定した生活が得られた。親がたとえ義務教育だけであろうとも、子どもが受験競争に勝ち残れば、上位の所得階層に移ることが可能であった。「勉強すればなんとかなる」という社会が、そこには存在できたのです。そしてまた、学校教育を中心として、受験準備教育が主流をなす世界がつくられたのです。
しかし、現在の子どもや青年が直面している社会は違います。親が大企業の幹部であってもリストラの嵐から逃げられません。社会的に安定していた米屋や酒屋などの小売店、中小企業も、流通経済の革新のなかで倒産していく。安定していたものが揺れ動き、あっという間に奈落の底に落込んでいきかねない社会です。年金だって自分たちの世代ではどうなるか分からない。
しかし、学校教育の今日の姿は、依然として受験準備教育、それが「お受験」といわれるように、幼児教育にまで浸透しています。
私には、すでに子どもや青年が、「学びからの逃避」や「職業への忌避」を始めているように思えるのです。
私が危惧する「学びからの逃避」や「職業への忌避」が子どもや青年に存在し、それがドロップアウトを加速させているとすれば、日本社会の将来に展望は生まれてきません。高齢社会を支える力も社会的な合意も形成できません。この子どもや青年たちについて、総理はどのようにお考えでしょうか。
早急に、大規模な実態調査を実施すべきです。同時に、ドロップアウトしている子どもや青年が、その後、どのような進路をたどっているのかなども、追跡調査していくことが極めて重要であります。総理、中曽根文部大臣の所見を聞かせて下さい。
これまで、日本の学校教育と職業教育のシステムは、学校で基礎・基本を身につけ、実際の職業訓練は企業内教育で、というものでした。そのシステムが機能していた時代では、それでよかったのです。
1980年代に「生涯教育」が声高に叫ばれても、なお、学校教育と職業能力の問題は、分離したままであります。
総理、そして各大臣、先ほど紹介した「ケルン憲章」をどうかじっくりと読んで下さい。これからの新世紀の社会では、知識と技能が重要となり、しかもそれは、不断に革新される課題であるとしています。その知識・技能を身につける不断の努力を支援することにより、雇用、経済成長、社会的・地域的不平等を縮小していくことができるという明確な認識です。
すでに欧米諸国では、初等教育の段階から独創性、創造性を重視する教育が実施され、小中高生を対象としたベンチャー企業家教育を推進しています。
日本の政治は、こうした社会的セーフティーネットワークとしての教育の重要性や、学校教育と職業との接続の課題をどのように認識しているのでしょうか。総理、文部大臣の率直なご所見をお聞かせください。
総理、結局、この日本社会は、子どもたちを大切にしてこなかったのではないでしょうか。
また「ケルン憲章」には「すべての子どもにとって、読み、書き、算数、情報通信技術の十分な能力を達成するとともに、社会的技能の発展を可能とする初等教育」とその重要性が掲げられています。
この「質の高い初等教育」を担保するのが、まさに「子どもを大切にする社会の存在」であり「子どもが存在する地域社会づくり」であります。また、子どもが学ぶ学校の施設・設備の高度化です。これから70%近い学校が大規模改造ないしは改築に入っていきます。学校を地域の文化の拠点としての複合施設として整備していくことも含め、今後の公共事業の重点とすべきであります。
「子どもが大切にされる街づくり」「学校の高度化」について、総理、文部大臣の認識を聞かせて下さい。
さらに、「質の高い教育」実現に不可欠なものには、教職員定数改善と30人以下の小規模学級編制.の実施があります。総理も、日教組の教育評論に「現行の教職員配置改善計画を完成させ、今後の学級編制や教職員配置の在り方に付いて、2001年度から新たな施策に着手できるよう検討を進める」と述べています。
民主党は、すでに昨年の通常国会より法案を参議院に提出しています。政府は、2001年4月より新しい教職員定数大幅増員と学級編制基準を30人以下とする「教職員定数法改正法案」の今国会提出に踏み切るべきです。そして第7次改善計画を実施することは、総理の熱望する教育改革の絶対条件であります。総理ならびに文部大臣の大英断を求めます。
さらに、「受験」という鉄鎖から子どもを解放し、一人ひとりの子どもが、自分の学びの目的をつくりあげることです。民主党はこの問題についても、総ての学校を中高一貫学校にして高校入試を廃止すべきだと主張し、法案を衆議院に提案しています。
「受験」という鉄鎖から子どもを解放する中高一貫学校について、総理並びに文部大臣の所見をお聞かせ下さい。
総理、「ケルン憲章」は、決して難しいことを言っていません。総理の「教育立国」という国家像実現も、要は政治が如何に教育を大切にするか、未来を担う世代を、私たちが如何に大切にしようとしているかで決まります。
政治の役割は、子どもや青年が本当の「学び」をつくりだすために、可能な限りの社会的資源を振り向けることではありませんか。
総理の明解なご認識を披露いただきたいと思います。さて、2000年度の政府予算案は、人類の歴史の転換期といえる21世紀を目前にし、未来への確かな方向を創造していく予算案とは到底言えません。景気回復を大義名分にした、前年当初予算比3、8%増、84兆9871億円で、従来型の公共事業重視の大型予算であります。いま必要な予算案は、混迷を深める我が国経済・社会において、財政規律に十分留意しつつ産業経済の構造改革を促進するとともに、国民の生活・雇用の安心感を高めるものでなくてはなりません。
景気回復のための財政刺激策の重点は、政府の従来型の公共投資から、民間主導の情報関連などの新規投資の支援や国民の生活水準向上、リストラのセーフティーネットとなる雇用促進に転換していく予算に改めるべきであります。総理の答弁を求めます。
さらに、この無軌道なバラマキ予算案の結果、我が国の財政赤字は悲劇的な域に達しつつあります。戦後最高の総額32兆6100億円の国債発行で、国債依存度は実に38、4%に達し、国債発行残高は364兆円となります。
いかに景気対策優先といっても小渕政権発足以来、83兆5510億円にのぼる国債の発行に、小渕総理は「世界一の借金王」を自認されていますが、国民は「小渕総理は、孫のキャッシュカードを使いまくっている」と財政危機を心配し、本気で怒っています。
小渕総理にお聞きしたい。このままいけば2001年度には、国の国債発行残高が400兆円に達すると言われています。この借金をどのようにして返すのですか。
総理は、2000年度を「循環型社会元年」と位置づけ、循環型社会の構築に取り組むと明言されています。しかし、今国会には、単なる枠組み法案である「廃棄物処理法」と「再生資源利用促進法」の改正が予定されています。このままでは、日本の廃棄物・リサイクル制度はおかしくなってしまいます。
これまでも、廃棄物処理とリサイクルの間で整合性のない施策が省庁縦割りの権限争いのなかで進められ、廃棄物・リサイクル行政は混迷を極めております。
しかし、このような場当たり的な対応では循環型社会は実現できません。このままでは、将来の世代に有害廃棄物の山を残すことになり、環境悪化は避けられません。実際の各地で起こっている紛争は、廃棄物の定義を変えるとか、リサイクル施設に対する環境関係の規制の強化などの具体的措置を盛り込まない限り、解決できません。民主党は、廃棄物処理法と再生利用促進法を統合した本格的で総合的な法制度の法案化を検討しています。
政府は、今回の法改正で、そのような具体的措置を盛り込まないでどうやって具体的な問題解決を目指すのか、答弁を求めます。
農水省は昨年末、農業構造改善事業や山村振興事業などの実施を巡る接待疑惑で、18人を処分しました。しかし、新たな接待疑惑が発覚して1月11日に追加処分をおこなうという醜態を曝け出しました。調査委員長が構造改善局長という身内の調査ですから、もともとやる気があるとはとても思えません。
さらに、構造改善局所管3公益法人に、33人を関連企業23社が「仕事をもらうため」無報酬で出向させていました。職務に関係する組織的な業者との癒着が否定できない以上、捜査当局に解明をゆだねるべきではなかったか。農家に背を向けて土木傾斜の農業補助金行政が、巨額のムダや不正を生み出していると言われ、農水省出身の一部国会議員の関与も噂に上っています。
農業構造改善局の不祥事により、深刻かつ構造的な汚職体質が露呈した以上、内部調査による内部処分で幕引きはできません。
大蔵省の接待汚職では、当時の大蔵大臣、事務次官の辞任に発展しています。これは農水大臣の責任が問われる構造改善局の底無し疑惑ではありませんか。また、補助金行政を大幅に圧縮、整理しなければ、癒着の根は断ち切れなません。総理の見解を求めます。
茨城県東海村のJCOの臨界事故は、原子力安全委員会の限界を明らかにしました。国民は、原子力安全行政の抜本的見直しを求めています。しかし、政府の見直しは、原子力安全委員会の事務局を今の科学技術庁から総理府に移し、形の上で独立させて事務局員を増員するという不十分極まりないものです。しかも、安全行政を実質的に担っているのは、依然として科学技術庁と通産省の規制部門であるのです。
今通常国会に法案提出を決めています民主党案は、原子力安全委員会をいまの国家行政組織法8条に基づく諮問機関から、3条2項に基づく規制機関に改組して、原子力安全規制委員会とすることにしています。併せて、科学技術庁と通産省にある規制部門を、両省庁から切り離して規制委員会の下に置くことにしています。さらに、総理府の外局として行政庁から独立した委員会にします。
小渕総理に、原子力安全行政の抜本的な見直しについての所見と併せて民主党案に対する見解を伺いたい。
最後に、多発する自然災害に対する国の責務についてであります。
我が国は、自然災害列島といわれ、毎年のように台風・大雨をはじめ地震・噴火などの自然災害により大きな被害を受けています。災害対策特別委員会の大臣所信は「国の責務は、災害から国民の生命・財産を守ること」から始まるのであります。
しかしながら、国の責務としての被災者への公的支援制度は、全く不充分であります。一昨年成立し、画期的と評価されている「被災者生活再建支援法」も、政府提案でなく参議院提案の議員立法であったのです。災害死亡者への弔慰金法も参議院提案の議員立法でした。このように、政府は、たえず被災者に対する国の責務を回避してきたのであります。
さる1月17日、神戸市で開かれた阪神淡路大震災5周年犠牲者追悼式典に小渕総理、斎藤議長が式典に参列されて追悼の辞を述べられました。被災者支援の課題について、総理は必要な施策を継続して講じる決意の披瀝があり、斎藤議長も参議院としての責務にふれられ、私は被災地出身議員としてまことに意を強くした次第です。
総理、あらためて1・17犠牲者追悼式典に参加されてのご感想をお聞かせ下さい。
さて、阪神淡路大震災被災者の実状や、加えて近年、「災害救助法」適用の大雨や台風による災害が各地で発生している状況から、被災者の住宅再建の公的支援制度や「被災者生活再建支援法」の見直しを求める国民の願いは切実なものとなっています。
まず、住宅再建の公的支援制度の法制化であります。
「被災者生活再建支援法」の附則第2条には、「住宅再建支援のあり方の検討」が明記されています。民主党は、この附則第2条に基づき、自然災害による住宅の損失の程度に応じて、国の公的資金と個人の掛金により、住宅再建を可能にする新しい支援制度を立法化し、今国会に提案したいと考えています。
さらに、阪神・淡路大震災の被災者が住宅再建において、深刻な負担となっているのが、住宅建設資金の二重ローンです。ある民間調査によると、自宅再建者の約40%が二重ローンを抱えているとの結果が出ています。二重になるローン返済の負担を減免するための公的措置が何としても必要であります。
また、「被災者生活再建支援法」の抜本的な改正であります。
1999年4月から本格的な法律の適用による支援が始まりました。これまで、岩手、愛知、広島、山口、福岡、熊本等各県71市町村の被災世帯が支援金の支給対象となりました。しかし、年収制限などで住宅全壊所帯でも4割が支給対象から除外されるという不公平な結果が生じています。
民主党は、支給対象を全壊、半壊とする。年収制限は1000万円とする。支援金を最高500万円とする。財源を国庫負担とする。などを中心に、今国会で「被災者生活再建支援法」の抜本改正をおこなうべきであると考えます。
二重ローン問題、住宅再建の公的支援、被災者生活再建支援法の見直しについて、総理並びに国土庁長官のご認識を伺いたい。
次に、災害危機管理機構の整備強化であります。
自然災害に対する内閣機能強化をはかるために大胆な組織改編を
進め、アメリカの連邦緊急事態管理庁(FEMA)のように、内閣総理大臣の権限を強化し、緊急即応組織の整備が緊要の課題であります。「災害情報危機管理室」(仮称)を設置し、情報・危機管理に関する機能と権限を集中させ、情報収集処理並びに緊急災害支援の対応に必要な予算を確保し、危機管理能力を飛躍的に高めます。
国民の求める「安心システム」である危機管理体制の確立について、総理の見解を求めます。
最後に、阪神淡路大震災に関わる特例措置の継続です。
2月23日で、阪神淡路大震災復興対策本部が解散されますが、被災地には継続を必要とする多くの課題が残されています。
まず、子どもの「心のケア」の問題であります。
震災が原因で、「心的外傷後ストレス障害」という重い心の傷を負っている児童生徒は、今も4100人と依然として減少していません。こうした、児童生徒の「心のケア」を担当し、大きな成果をあげている復興担当教員配置の継続が必要であります。
次ぎに、家賃減免の問題があります。やっと仮設住宅が解消しましたが、復興住宅入居者の60%が、政令収入月額2万円以下という低所得で、家賃の70%減免を受けています。しかも世帯主の年齢は60歳以上が58%を占め、この家賃減免の国の補助制度打切りは深刻な事態をもたらします。
さらに、災害援護資金の償還期限の問題があります。
兵庫県内の災害援護資金の貸付は、約1300億円です。約5万7000人が1人平均約230万円借りています。この財源の3分の2は国の負担です。今年から返済が始まります。しかし、自宅や仕事を失い生活保護世帯が急増、生活に窮している年金生活者が目立っている実状から、何らかの対策を必要としています。
また、被災者向けの災害復興公営住宅では、大変な高齢化が進んでいます。兵庫県営36、9%、神戸市営31、9%、西宮市営44、2%、芦屋市営54、7%といった実態で、16自治体のうち1自治体を除いて30%を上回っています。しかも、4世帯に1世帯が1人暮しの高齢者です。この高齢者の生活支援として、高齢世帯支援制度による支援員や健康相談に当る健康アドバイザーなどがあります。しかし、国の補助金の減額や打ち切りといった見直しが検討されています。
被災者の生活再建と被災地域復興に大きな役割を果たしている数々の特例措置の期間延長による継続について、総理並びに青木官房長官、中山国土庁長官、文部大臣より政府の基本的な方針と具体的な対応を示して欲しい。
震災は誰が起こしたものでもありませんが、その苦しみをより多く味わねばならなかったのは、高齢者の人々でした。若い頃のように働けず、身体も傷み、伴侶と死に別れて、子どもも遠くに住む高齢者のことを、明日はわが身の事だと想像できないのであれば、私達は、いったい、あの大震災から何を学んだと言えるでしょうか。
1月17日阪神淡路大震災追悼式における小渕総理の「追悼の辞」は、式典用のその場限りであってはなりません。被災者の「最後の一人まで」政府が支援し、「心の復興」と合わせて「政治の信頼」を復興させるよう切望します。小渕総理の答弁を求め質問を終わります。
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