菅直人から国民のみなさんへ
マニフェストの意義
知事選挙など大統領型の選挙では、これまでも有権者は直接「首長=政権」を選ぶことができました。議院内閣制の国でも、小選挙区制で二大政党制の国では、有権者は各選挙区でいずれかの党の候補者を選ぶことで事実上、総理大臣を選択することができます。しかし、日本では野党第一党が選挙で勝って政権を獲得するという、多くの国で普通に行われている政権交代の経験がありません。私がはじめて経験した10年前の政権交代でも、野党第一党の社会党は総選挙で惨敗しましたが、自民党が過半数を割ったことで非自民の7つの党が連立して細川政権が成立したのです。
細川政権で導入された小選挙区中心の制度の下で行われたその後の2度の総選挙でも、政権交代は実現しませんでした。「仏作って魂入れず」の状態です。民主党が勝って政権をとれば、野党第一党が選挙で勝って政権交代するという他の国では「当たり前のこと」が、日本ではじめて実現することになります。小選挙区制という仏に政権交代という魂を入れることになります。
「マニフェスト」は政権を争う二大政党が、それぞれ、政権を担当したときに実行する政策を政権担当前に国民のみなさんに約束する「政権政策」です。二大政党が対抗する場合、国民のみなさんは、いずれかの政党を選ぶことで、政権を構成する与党と首相とマニフェスト(政権政策)、つまり「政権」それ自体を選択することと同じことになるのです。議院内閣制を採用している日本の国政では、これまで、二大政党制になっていなかったために、国民のみなさんは、「政権」それ自体を選択することはできなかったのです。民主党と自由党は二大政党の一翼を担うため、「小異を残して大同につく」という覚悟で合併し、新しい民主党を発足させました。この絶好の機会に、国民のみなさんに私たちのマニフェストを選択していただくことを願ってやみません。
民主党のマニフェストはこのような考えにもとづいて立案し、最終的に党内の一任を受けた代表である私の責任で決定したものです。そして、このマニフェストの実行を民主党の全員が約束し、署名して国民に選択を求めます。自民党も、全員が合意したマニフェストをきちんと掲げて、正々堂々と戦って欲しいと思います。
政権交代が実現すれば、日本も本格的な二大政党時代に突入します。そして、自民党も自己改革を迫られ、日本の政党政治も21世紀にふさわしいものに本格的に脱皮していくでしょう。
脱集権、脱官僚
民主党がめざす国のかたちは、身近な地域で物事が決められる分権型の国、そして官僚が主人公ではなく、国民が主人公の国です。今日の日本は、地方を中央が過度にコントロールする中央集権国家であり、政治と経済を一般国民でなく官僚が支配している官僚主権国家です。発展途上の時代には、こうした集権・官僚国家の方が早い発展をもたらす面もあります。しかし今や国民の活力をそぐ、大きな原因となっています。この国のかたちを、地方主権、国民主権、そして市場やNPOなど民間主導の国に根本から変えなくては、日本の再生は不可能です。
最小不幸社会
私は、政治の目標は「最小不幸社会」の実現と考えています。国民の中には「不幸」に遭遇している人たちがいます。そして、人々が「不幸」になる原因はさまざまです。その原因を、政治の力、つまり「権力」で取り除けるものはできるだけ取り除き、「不幸」を最小化すること、それが政治の目標だと思います。
なぜ「最大幸福」と言わないで「最小不幸」と言うかといえば、病気や貧困といった「不幸」の原因は相当程度「権力」の力で取り除くことができますが、「幸福」のかなりの部分は恋愛や美意識といった精神的なものに支えられており、「権力」が関与すべきでない分野の問題であると考えているからです。一部の人が無理に「幸福」を押しつけようとして「権力」を行使すると、そこには一種の強制や独裁が生まれます。政治「権力」は人の生死をも左右する強制力を伴うものだけに、その行使は人々の「不幸」の原因を最小化することを目標とすべきであり、美意識のような個人的選好に属する「価値」の実現を目標とすべきではないというのが、私の政治に対する基本的哲学です。
「最小不幸社会」というと何か弱々しいイメージを与えるかもしれません。しかし、私がみなさんにお伝えしたい考えはそういうものではありません。むしろ、多くの人々の「不幸」を最小化するためには、政治「権力」をつかうことを辞さない決意です。治安と防衛もそのひとつです。「最小不幸社会」の実現のためには、国民のみなさんを犯罪、侵略、テロから守ることは当然のことです。最低限の政府の責務と言えます。国民の生命と財産を守るためには、国家にとって適切な警察力と防衛力は欠かせません。
また「最小不幸社会」というと、福祉国家的な大きな政府を連想する人もいるかもしれません。しかしそれも正確ではありません。自立した個人には、規制が緩和された自由な経済市場や社会の中でその力を存分に発揮して頂きたいと思います。しかし、個人の責任ではない原因によって困難な状況に陥った人には、政治の力で手をさしのべるべきだと考えます。そうした観点から、たとえば、天災や犯罪に巻き込まれた被害者の救済などには積極的に取り組むべきだと思います。
失業問題は、単に経済問題であるだけでなく、人間の尊厳を失わせかねない大きな問題です。今日の中小企業・零細事業者のみなさんの困難な状態や失業者の困窮は、これまでの経済政策の失敗が大きな原因です。したがって、仕事の創造、雇用の維持、さらには困難と立ち向かい、新たな出発をめざして努力しているみなさんへの支援は、これからの政権の大きな責任だと考えています。
これらの課題に対処するために、政治家自らが責任をもって政策を企画・実行・検証(Plan-Do-Check)していくことが必要です。官僚組織に政策を丸投げすることなく、官僚組織と適切な関係を構築し、「政権」が責任をもって主体的に国を運営していくべきだと考えます。
菅マニフェスト
こうした考え方にもとづいて、政策を官僚に丸投げする官僚主導の政治を根本から変え、「脱官僚」政権を作り上げ、「最小不幸社会」の実現をめざし、次の「5つの約束」と「2つの提言」を必ず実行します。
|