2009年6月24日
地籍調査・登記所備付地図整備の促進策に関する提言
地籍調査・登記所備付地図整備の促進策に関するプロジェクトチーム
1.はじめに
当PTは、地籍調査・登記所備付地図整備の促進策について次の通り4月はじめから2か月間にわたって集中的に検討を行い、このほど以下の提言を取りまとめた。
- 3月17日 政調役員会でPT設置了承
- 4月 2日(第1回)日本土地家屋調査士会連合会からヒアリング
- 4月 9日(第2回)法務省民事局、国土交通省土地・水資源局からヒアリング
- 4月23日(第3回)全国公共嘱託土地家屋調査士協会連絡協議会からヒアリング、法務省、国土交通省から追加ヒアリング
- 4月27日 滋賀県住吉台地区視察、住民との意見交換
- 5月14日(第4回)法務省・国土交通省から追加ヒアリング
- 5月21日 東京法務局視察
- 5月28日(第5回)早稲田大学法科大学院・山野目章夫教授からヒアリング
- 6月 4日 役員会で提言案たたき台の検討
- 6月11日 法務部門と地図PT合同会議で提言案を提案
- 6月18日(第6回)提言とりまとめ
2.問題の所在
土地は、一筆ごとに所在地、地番、地目、地積、所有者等を登記することによって財産の保全と取引の安全が図られている。また、登記所には地図と建物所在図を備え付けることとされている。登記所備付地図として用いられるのは、国土調査法に基づき市町村が実施する地籍調査による地籍図、土地改良・土地区画整理による土地所在図、登記所の作成する地図である。こうした精度の高い地図を備え付けることにより地権者間の境界紛争を防ぐことができ、仮に大規模災害等が発生して土地の現況・形状が大きく変化した場合でも、地図をもとに筆界を迅速に復元することが可能になる。
しかし、現在登記所に保管されている地図(2008年4月1日現在で668.7万枚)のうち、こうした高い精度を持つ地図は57%にすぎず、残りの半数弱は精度の高い地図ができるまでの間の代用図面として認められている旧土地台帳附属地図(公図)である。これは明治期の地租改正に際して作成されたものであり、地図と現況とが著しく異なっていたり大きくずれているものも少なくない。
地図と現況とが大きく異なっている地区では、次のような問題が多数生じており、国民の財産権や生活環境などが著しく侵害・制約される事態も招いている。
- 土地の売買や土地を担保とする融資などに困難をきたす。
- 同一の土地の上に複数の登記記録が存在する場合、地権者間での紛争の原因となる。
- 官民境界が確定できないため、道路拡幅等の公共事業が行われない。建築確認が受けられず個人の住宅建築や増改築も不可能。
- 道路部分を市道として寄付できないため、未舗装のままであったり公共下水道を整備できない。
- 固定資産税を適正に課税できない。
当PTが視察した滋賀県住吉台地区でも、古い下水管の漏水による生活道路の陥没や地権者不明地での崖崩れなどの問題がたびたび起こり、それらの修復費用を住民たちが負担しなければならないという実情を聞いた。
○地籍調査の立ち遅れ
国土調査法に基づく地籍調査は、市町村等が自治事務として、一筆ごとの土地について所有者、地番及び地目を調査し、境界及び地積に関する測量を実施する事業である。その成果は登記所に送付され、登記記録の内容が変更されるとともに、不動産登記法第14条第1項の地図として備えつけられる。事業費の負担割合は、国1/2、都道府県1/4、市町村1/4(市町村が実施する場合)であるが、特別交付税措置により都道府県及び市町村の負担は実質5%に縮減されている。平成20年度の国の地籍調査費負担金は120億7100万円である。このほかに、地籍調査の実施を促進するため、国の直轄事業として土地活用促進調査(2006年度までは都市再生街区基本調査)や山村境界保全事業を実施している。
国土調査法の制定からすでに60年近く経過しているが、地籍調査の進捗率は全国で48%にとどまる。特に都市部では20%(大阪府4%、三重県・京都府7%、奈良県10%、神奈川県・福井県・愛知県・滋賀県12%など)、林地では41%と大きく立ち遅れている。進捗の妨げとなっている事情として、次のような点が挙げられている。
- 都市部では土地が細分化されるとともに、地権者の土地に対する権利意識が強く、他の地域に比べて調査により多くの時間を要していること。
- 山村部は、土地所有者の高齢化により現地立ち会いが困難となっているほか、地形が急峻な地域では調査・測量に危険を伴うこと。
- 住民や行政に地籍調査の必要性や効果が十分に理解されていない場合が多く、調査着手への気運が高まらないこと。
- 調査を開始しても筆界が定まらない個所があり地図作成が完了しない場合が少なからずあること。
○著しく遅い登記所備付地図作成作業のスピード
こうした事情を踏まえ、地籍調査と並行して、特に都市部の地図混乱地域を対象として、現地に筆界を正確に復元できる精密な地図の作成を法務局・地方法務局が2004年度からの10か年計画、2008年度からの新10か年計画に基づき実施している(登記所備付地図作成作業)。この作業は、対象地区ごとに1年目は住民への説明や実態の調査・分析、2年目は地図作成という2年度にわたる作業として実施される。
しかし、各地方法務局で毎年着手するのは0.3平方キロメートル程度の地区1個所のみという計画であり、新10か年計画を全部達成しても実施面積の合計が130平方キロメートルにすぎないなど、事業のスピードは著しく遅いと言わざるを得ない。
また、法務省は、作業を実施する地区の選定について「住民からの強い要望がある」「自治体(市町村等)からも同様に強い要請を受けている」等の判断要素を例示しているが、その結果、地図混乱解消への住民の強い要望はあっても、自治体が積極的でないために、住民を置き去りにして法務局と市町村とが責任をなすり付け合い、作業着手を妨げてきた例もある。
○地図混乱の真の原因は何か
地図混乱の原因について、法務省は次の5種類に大別している。
- 宅地造成等において、登記手続はされているがその登記に対応する土地の位置及び区画が地図と現地とで全く相違しているもの。
- 民間による土地改良・土地区画整理等の事業が途中で中止されたこと等により、登記手続はまったくされていないが現地の形状が変更されているもの。
- 水害、地震、山崩れ等の災害後、任意に土地を区画して占有したことによるもの。
- 戦時中に軍用地として強制買収された民有地が境界不明のまま戦後返還されたため、原状回復が全く不可能になったもの。
- 公図自体が作製当初から全く現地の土地の位置及び区画を反映していないもの。
実際に法務省が2004年度から2009年度までに登記所備付地図作成作業を実施しまたは予定している地区についてその地図混乱の原因を分類すると、1.92地区 2.10地区 3.20地区 4.2地区 5.66地区――となる。この数字を見ると、今日のような高精度の測量機器が普及していなかったという事情はあるものの、高度成長期など過去の宅地造成等に際し大量の申請の処理に追われて現地を確認せずに登記申請を認めたことや、公図の中にもともといい加減なものがあったことなど、過去の行政の怠慢、不作為による問題の放置、不適切な事務執行が地図混乱の主要な原因になっていると考えられる。
3.地籍調査・地図整備の促進は国の責務である
以上見てきたことから、当PTとしては問題解決にあたり必要な視点として次の5点を明確にすべきであると考える。
- 地籍調査の遅れや地図混乱問題は当該地域における国民の財産の保全や取引を著しく阻害しているが、その原因のおそらく大半は、長年にわたる行政の怠慢や不適切な事務執行に原因があり、当該地区の居住者にはほとんど責を負うべき事情がない。
- 地図混乱問題の多くは、測定精度の劣る100年以上前の測量等の結果起きた「昔」の問題ではなく、高度成長期の宅地造成などに際して現地確認を怠ってずさんな登記を認めたために生じた「現在」の問題であり、行政の姿勢によってはこれからも各地で生じ得る。
- 地図混乱地域における境界紛争を法務局などは民間対民間の問題として片づけがちであるが、このような認識に立った従来の解決手法(筆界特定制度、筆界確定訴訟など)では、住民の費用や時間の負担は重く、迅速簡易な解決も得にくい。
- 地籍調査や地図混乱地域における地図整備は国民の財産権の保障にとって不可欠な事業であり、その原因の大半が行政側に起因する事情によって生じてきたことを踏まえ、国がその責務として全力を挙げて解決に取り組むべきである。
- 地籍調査は国土調査法に基づく市町村の自治事務、地図混乱地域対策は不動産登記法に基づく法務局の事務といった区分に安住し住民に背を向けている縦割り行政は即刻改め、国と市町村が一致協力して事業の促進に取り組むべきである。
4.地籍調査・地図整備の促進策
○筆界特定を職権で手続開始できる制度の創設
現行法では筆界特定を申請できるのは土地の所有権登記名義人等に限られるが(不動産登記法第131条)、地籍調査や登記所備付地図作成作業の過程において土地の境界が明らかでない場合に、必要に応じて筆界確定登記官が職権で手続を開始できる制度を導入すべきである。筆界特定の手続きにおける測量等に要する費用は申請人の負担とされることから(第146条)、職権開始の場合には国庫でこれを負担することになる。
なお、現在でも道路と一般の土地との間の筆界の特定について道路管理者は対象土地の所有者として筆界特定を申請することができる。
○筆界特定と筆界確定訴訟の関係の見直し
現行法では、筆界特定がされた場合であっても、当該筆界について民事訴訟の手続により筆界の確定を求める訴えの判決が確定したときは、当該筆界特定は判決と抵触する範囲で効力を失うこととされている(第148条)。訴訟の審理において筆界特定の資料を活用できる仕組みが採用されてはいるものの、裁判官が必ずしも筆界確定の専門家ではないことからすると、筆界確定訴訟の方式ではなく、登記官の行う筆界確定処分について抗告訴訟を提起することにより不服を争う方式に改めることも検討に値する。
○地籍調査における街区外周先行調査の不動産登記制度への活用
地籍調査の促進のため、国土交通省は2004年から3年間の事業として「都市再生街区基本調査」、2007年から3年間の事業として「土地活用促進調査」を実施し、それぞれ人口密集地区の公図の四隅の街区基準点や街区外周の道路と民有地の境界の調査を行ってきており、その成果は市町村に提供され、地籍調査の実施に活用されることとなっている。こうした街区外周の先行調査の成果は現況を確認した資料にすぎないため、ただちに不動産登記制度上必要な筆界とは一致しないが、これを登記官や土地家屋調査士など登記の専門家の視点から精査したうえで不動産登記制度に活用していくことができるよう、制度上明確な連携策を講じるべきである。
○重複する登記記録の職権抹消手続の明確化
地図混乱のうち、特に同一の土地上に重複して登記記録が存在し、一方の登記記録上の地権者に30年間占有・使用の実態がない等の場合、民法の取得時効制度や休眠抵当権の消滅時効による抹消等に準じ、一定の要件と手続きにより現況と異なる方の登記記録に係る表題部の登記を職権で抹消し、その登記記録を閉鎖する措置を導入することを検討する。
○地籍調査・登記所備付地図作成作業への市町村の関与の強化
地籍調査は国土調査法に基づく市町村の自治事務であるが、調査の結果、固定資産税の課税が適正化され税負担が増大することを嫌う地権者などへの配慮から、首長などが調査実施に消極的となる傾向も一部にある。調査を促進するため、地籍調査を当分の間、市町村の法定受託事務として義務づけるなどの特例措置を検討する。
また、法務局が行う登記所備付地図作成作業についても、地元に対する当該作業の重要性の周知や対象地区の地権者の連絡先情報の提供等について市町村の関与を求める方策を講じるべきである(現在は対象地区選定に際して当該地域の住民のみならず市町村等からも強い要請を受けていることが判断要素として考慮されているが、作業そのものへの市町村の関与は必ずしも求められていない。なお、筆界特定手続きについては別に関係地方公共団体の長等への協力依頼の規定がある=138条)。
○登記所備付地図作成作業を進めるために必要な権限上の措置
登記所備付地図作成作業を進めるにあたり、登記官は不動産登記法に基づき(1)日出から日没までの不動産の検査(2)地権者 等への文書等提示要求(3)所有者等への質問――等をできることとされ(第29条)、検査妨害等には罰則も設けられている(30万円以下の罰金、第162条)が、国土調査法上の地籍調査についての市町村等の権限に準じ、他人の土地への立ち入り、所有者等の立ち会い・出頭、障害物の除去、土地の一時使用制限・一時使用、作業を受託した土地家屋調査士等への権限の委任等、登記官等の調査権限や土地所有者等の義務を明確に規定すべきである(筆界特定手続きについては別に筆界調査委員等の立入調査権限が定められている=137条)。
また、登記官は現行法の権限行使についてもしばしば消極的な傾向があると言われているが、こうした弱腰の姿勢は一部の悪質な地権者等による作業妨害や行政対象暴力の温床にもなりかねないことから、権限を的確に行使して妨害を排除するよう心がけるべきである。
○地籍調査・登記所備付地図作成作業に必要な予算上の措置
地図整備が必要とされる背景に主として行政側が責を負うべき歴史的事情が横たわっていることにもかんがみ、既存の計画を前倒しし事業を加速できるよう必要な人的・物的措置を予算上講じる必要がある。
○土地家屋調査士の専門的知見・能力の活用
登記官は登記の専門家であっても、地図混乱地域などに実際に立ち入って地権者間の境界紛争などを争点整理し解決するための経験や専門的知識を必ずしも有しているものではない。地図混乱問題の解決のためには、土地家屋調査士などの専門的知見や能力を活用することが不可欠であり、そのために必要な財政的裏付けや権限の明確化などの措置を積極的に講じるべきである。
各都道府県におかれた全国3,000人以上のADR認定土地家屋調査士による「境界問題相談センター」は、土地の筆界や所有権界、これらに関連した民事紛争などについて弁護士とも協働して柔軟な解決に成果を上げつつあり(2005年度から2008年度7月までで電話問い合わせ8,780件、来会相談2,456件、相談で解決1,760件、調停申し立て245件など)、今後も土地境界の専門家として境界紛争の早期解決に広く活用されることが期待される。
5.おわりに
地図の整備は土地の所有や取引など国民の財産権の保障にとって不可欠な事業である。当PTは、政府・関係機関が上記の提言を十分に検討し、強力に実行することを求めるものである。