5. 視察・会談要録 |
5-12. バラコート被災地視察 |
マンセーラにある政府ゲストハウスを午前5時に出発。前日に渋滞で視察できなかったバラコート被災地に6時に到着した。バラコートは会談した大臣はじめ、震災対策に取り組む関係者が一様に最も被害が深刻な地域だと述べている。
国連緊急援助調整官室のイゲランド事務次長は「これはわれわれの知る限り最も悲惨な悪夢だ」と言及しているが、まさにその表現が相応しい。バラコートは川を挟んで両岸に広がる渓谷美に溢れるリゾート地域。7万の人口の多くがが一瞬にして犠牲となった。目にする建物は全てペシャンコであった。見渡す限り瓦礫の山が続く。町は壊滅状態である。
悲惨な状況に追い討ちをかけるように10月では珍しく雷が鳴り、激しい雨が降ってきた。被災者には避難所がないため、危険を承知で倒壊しているビルにできた隙間に身を寄せ、雨をしのいでいた。この雨で地盤が緩み、2次災害の危険性が高まってきた。こうした危険な状態にもかかわらず、大多数の生存者は瓦礫の軒先で夜を過ごすという辛酸を嘗めている。一刻も早くテントなどの避難施設を設け、被災民を安全な場所に移すことが最優先課題である。 |
6階建てのホテルも倒壊
倒壊した建物で雨をしのぐ人たち
村全体が押しつぶされたように倒壊 |
5-13. AMDA診療所視察 |
今回の震災を受けて日本の医療援助NGOのAMDAがバラールコートで展開する医療現場の視察を行った。この活動をコーディネートする佐伯美苗さんらから仮設の医療施設の案内を受けた。AMDAの世界的ネットワークを駆使し、パキスタンのウルドゥー語と共通性の高いヒンズー語を話すネパールから男性医師2名とアフガニスタン出身の女性医師1名を招聘し、震災後数日で診療開始したようだ。
本格的な医療活動は14日から開始したとのこと。14日、午前10時から午後4時までの間で38名の男性、25名の女性患者が来訪したという。震災による怪我のため外科診療が多いそうだ。イスラムの風習を尊重し、男性と女性は別々の部屋で治療を受ける。
この地域への派遣は国際機関、地元の役所などの要請に基づいて決めたとのこと。今後日本から派遣される医師や看護師らも加えて約2週間の医療援助を実施していく予定。
最後に民主党議員義援金の一部を医療援助に役立ててもらうため寄付した。
また、インドとの領有権問題などについて大蔵副大臣が示した考え方は以下の通り。 |
佐伯美苗コーディネーターに民主党議員義援金一部を手渡す若林団長 |
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